ツノナシオニ 第3回 帽子
クラスのざわめきの中、お父さんはぺこりと先生に頭を下げた。担任の西原先生は、お父さんを頭からつま先まで順番に舐めるようにして見ると、引きつったような笑顔のままで会釈をした。
先生が、「オ、オッホン」とわざとらしく一つ咳払いをする。
きっと、みんなを静まらせようとしたんだろうけれど、逆にざわめきは、最初のひそひそ話しからだんだんと大きくなっていった。
「で、でっけえなぁ」
「プロレスラーみたいだね」
「縞の背広なんて、派手ねぇ」
「お酒飲んでるのかな?顔、真っ赤だよ」
「ねえねえ、誰のお父さん?」
「誰、誰?」
こうなるだろうとは覚悟はしていたけれど、やっぱり僕のお父さんは、見かけだけでもみんなのお父さんとは、だいぶ違っているようだ。
そのうち、クラスのみんなは、先生が手をパンパンと叩いて叫ぶように「はいはい、静かにして」というくらいまで、騒ぎ出してしまった。
でも、いくら先生が叫んでも、みんなは「誰?」「誰?」と、ちっともお喋りをやめようとしない。僕はみんなのその声を聴く度に、心臓がドキドキと早くなって、恥ずかしさで下を向いてしまった。
それでも僕は、どうしてもお父さんが気になって仕方なく、ちらっと盗み見てしまう。するとお父さんがそれに気がついて、笑いながら小さく手を上げた。
みんなの視線が、一斉にその先を追っていく。そして、やがてそれは、お父さんと同じように真っ赤になった僕の顔に突き刺さった。クラスが、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「えーっ?桃山くんのお父さんだったの?」
「以外―っ!」
「ひょろひょろの青っ白い桃山の父ちゃんが、プロレスラー?」
「お相撲さんかもしれないよ」
「そうだそうだ、そうに決まってる。だから帽子なんか被ってるんだよ」
「帽子の下は、ちょんまげかぁ?」
僕は、恥ずかしくて真っ赤になったまま俯いていたけれど、その一言は、心臓が止まってしまうかと思うくらい僕をどきりとさせた。
先生の「みんな静かに、静かに」という声がかき消されてしまうくらいの騒ぎの中、クラスで一番のガキ大将のサトルくんが、席から立ち上がってこう言った。
「桃山くんのお父さん、お相撲さんでしょ?帽子とって見せてちょんまげ?」
大爆笑の後、一瞬クラスの騒ぎが収まって、みんなの視線がお父さんの帽子に集まった。お父さんは、どうしてらいいのか、困ったような笑顔のままだった。
ちょうど、ちょうどその時だった。
ビュウウウゥゥゥ
南側の窓から、とても強い風が吹き込んだ。とても、とても強い風だった。
その風に煽られて、お父さんの帽子が、枯葉が舞うみたいに宙を飛んだ。
帽子の無くなったお父さんの頭には、ツノが1本、生えていた。
第4回「混乱」へつづく
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