ユメミダケ心中 第20回 男女の転の参
征一が吐き出したユメミダケが恭子の側まで転がった。
恭子はそれから眼を背けて「ひ、ひぃ」っと小さく悲鳴を上げると、弾かれた様に席を立ち、テーブルの向かいの征一の傍らに走り寄った。
背後から覆い被さるように征一を包んだ恭子の手は、震えている。恭子は、そのまま征一の背中に顔をつけて暫く泣いた。
背中がじんわりと温かくなったのは、恭子の涙かなと征一は思った。
「馬鹿・・・」
やっと恭子が、一言だけ言葉を発した。
「す、すみません」
征一が、俯いた。
「馬鹿ね」
「す、すみません」
やはり癖なのだ。征一は、頭を掻いている。
網の上に残されたユメミダケがパチッと音を立てた。
背中越しに恭子が言った。
「本当に信じていいの?」
「も、勿論です」
「本当にアタシでいいの?こんなアタシで・・・」
眼を閉じている恭子は、征一がぷるぷると首を振ったのを、その背中の細やかな振動で感じた。
「ち、違うんです。僕には、あなたでなきゃ、駄目なんです」
その言葉を聞いて、恭子の眼からまた涙が溢れた。征一の背中が、またじんわりとした。
征一は恭子に身を任せ、暫くそうしていたが、ユメミダケがまたパチッと言ったのを切欠に意を決したように恭子に向き直ると、その場で両手をついた。
「う、嬉しいです。ありがとうございます。
僕の心が世界で初めて誰かに、あなたに、届いた。そしてあなたは、それを受け取ってくれた。
今日、36年間の終わりになるはずの日だったのに・・・
まだ信じられないけれど、あなたのお陰で、素晴らしい出発の日にすることができた。嬉しい。本当に、ありがとう。これから・・・」
「待って!」
頭を下げようとしている征一を恭子が制した。この期に及んでまだ何かあるのかと、心臓をどきりとさせた征一は恭子の眼を見つめた。
恭子が涙を拭った。
「そ、それは、アタシの役割よ」
恭子は、居住まいを正して深く息を吸い込むと、征一に向かい三つ指をついて、深々と頭を下げた。
「不束者ですが、宜しくお願いいたします」
征一は眼を丸くして恭子の指先を見つめている。
「ア、アタシね。こう見えて、すごいやきもち焼きなのよ。我がままだし、甘えん坊だし。苦労するわよ、覚悟しといてね・・・」
征一の涙腺がかあっと熱くたぎり、溢れそうな涙を零すまいと征一は天を仰いだ。
その征一の潤んだ眼に、何かが映った。紅く、何かが灯っていた。
第21回「男女の結 大団円」へつづく
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