ユメミダケ心中 第17回 女の転の弐
恋する目には痘痕(あばた)も笑窪(えくぼ)とはよく言ったもので、征一には、先程までなんとも思わなかった恭子の泣き顔が、決死のプロポーズを遂げた今、とてもいじらしく見え始めていた。
涙と洟にまみれた顔を手拭いで懸命に拭きがら泣くこの恭子が、である。いやしかし、実際よく見てみると、恭子の側にも本人にも気づかぬ微かな変化が起きているようにも感じられた。
強烈な言葉とは裏腹に、ちょっとした怯えが表情に表れている。それは、恭子の迷いだった。
降って湧いたこの茶番のような出来事を、現実として受け止めて良いのか判断しかねているのである。
その根底には、目の前の征一の真意が未だに図れないという、極めて直接的な問題があったのであるが、それに加え、こんな中年オタクにイニシアチブを握られ、振り回されているとは思われたくないという、鬱屈した二次的な思いも心の底にはあった。
しかし、恭子がそう思うのも無理からぬことだ。征一のプロポーズが、真に恭子と結婚したいという思いから発せられたことを証明するような証拠など、何処をどう捜したところで見つかるはずもないのである。
しかも、2人が直接会ってからまだ半日しか経っていないのである。話を始めたのは、ほんの2時間ほど前に過ぎない。あまりにも安直過ぎる。
もし征一が半年でも3ヵ月でも、いや1ヶ月だっていい、じっくりと時間をかけて熟慮の上の求婚をしたならば、恭子も段階的に考え方を改め、人間的な側面のみならず、経済的、将来的な面を含め考え直したのかもしれない。
が、しかしである。2時間というのは、お互いを知るのにはあまりにも短すぎるし、何より2人は、ここに死ぬ為に来たのである。恭子がこれを臆病風に吹かれた征一の命乞いの為の口先三寸の「嘘」と思っても何ら不思議は無い。
(その手には、乗るもんか)
恭子はこれまでの苦い思い出を振り返ってみた。踊らされていい気になって、それが絶頂に達しようとした時、いつだって唐突に梯子を外され、いきなり奈落の底に突き落とされるのである。
そう、ぬか喜びからのどんでん返し、絶頂からの落胆を、これまでに、それこそ数限りなく経験して来たのではないか。
その結果、止む無く編み出した恭子独自の処世術が、従前、恭子や征一が言っていた傷つかない保険、嫌われるように仕向ける社会とのつきあい方、つまり「不戦敗な人生」である。
しかし、それを頑なに守り続けてきた恭子の思いが、この期に及んで、それが微かであるが揺らいでいる。
(でも、本気だったらどうしよう)
もう1度、そう思った恭子は、ふと征一が先程言った言葉を思い出し、ある考えを思いついたのだった。征一を精神的に追い詰めて、その真意を炙り出す。つまり、化けの皮を剥がしてやろうと思ったのである。
恭子は、先程以上に冷徹そうな表情を造って見せた。こんなのは、恭子にとってお手の物である。
「あんた、さっき、言ったわね」
「・・・・・・・・・」
何を質されているのか、征一は無言で待った。
「誓うって、責任取るって。アタシが毒キノコ食べるんなら、僕も一緒に食べますって、間違いなく言ったわよね」
「・・・・・・・・・」
「何黙ってんのよ。忘れたわけじゃないでしょ?それとも、それも嘘だったって訳?」
「ち、違います、嘘じゃありません。忘れてません、一緒に食べます、ち、誓います」
「ふうん、分かったわ。で、あんた、こうも言ったわね。
今までは辛いことばっかりだったけれど、やっと共鳴できるかもしれないアタシに出会えたって。だから、死ぬのが急に怖くなったって」
「はい、ほ、本当なんです。自分でも不思議なんですが、信じてください」
「じゃあ、アタシが、そんなのは、あんたの一人よがりな勝手な勘違いだから、あんたなんか関係なしに、アタシは何が何でも、例え1人ででも、ここで毒キノコを使わずに死ぬって言ったら、あんた、どうするつもりなの?」
第18回「男女の転の壱」へつづく
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