ユメミダケ心中 第13回 男の転の壱
「きゅ、急に何よ、そんなもの出して。わ、私、それ食べるのに、まだ同意したわけじゃないわよ」
恭子の戸惑い上ずった声を、征一は表情を変えずに聞いている。
「こんな方法の最期なんて、私の考えてたのと、全然違うもの。ちっともドラマチックじゃないじゃない。やっぱり、駄目よ。うん、駄目駄目、こんなの」
チリチリ言い始めたユメミダケに気がついた征一は、割り箸でそれを1つずつひっくり返しながら言った。
「結果は、同じですよ。僕らは死んで、無に帰するんですよ。方法なんて、何だっていいじゃないですか。
そもそも、これを食べてぐっすり眠ってるウチにこの七輪の一酸化炭素の効果を待つっていうのなら、当初の予定していた睡眠薬となんら変わらない訳ですし」
「駄目よ、駄目。こんなの発見されたって、心中に見えないわよ。ええ、絶対見えないわよ。馬鹿なカップルが山で採ったキノコを食べようとして、間違って毒キノコに当たっちゃったって、そんな間抜けな結末にしか見えないわよ。いい恥さらしだわよ。
それに私はね、私が自分で決めたいの。自分の人生の、最期の最期くらいはね。ここまで来て、邪魔されっぱなしなんて、私、絶対いや」
征一はキノコをひっくり返していた箸を、一旦、自分の箸置きに戻してからまた1つ大きく息を吐いた。
キノコの襞の辺りが汗をかき始めていて、もうすぐ食べ頃の焼き具合のサインを出している。
「いいえ。僕には、とても、そうは見えないんですよ。貴女はね、嘘をついている。会った時からずっと、SOSのサインを出し続けている。
それは、意思とは裏腹の本能かも知れないけれど。でも、そっちの方が真実なんです。貴女はね、本当は、死にたくなんかないんです。僕には、そう見えるんです」
恭子は、目を丸くしている。呆れているのだろうか。それとも、図星をさされて戸惑っているのだろうか。
「な、なに言ってるの?あんた、馬鹿じゃないの?それ、本気で言ってるつもり?し、死にたくないのは、あんたの方じゃない。この旅行だって、私からあんたに、死のうかって言って誘ったのよ。あんたなんて、それにホイホイついてきただけの、ただの付き添いのオヤジじゃないの。
付き添いのオヤジなら付き添いらしく、主催者の言うことを黙って聞いてれば良いじゃない。それが言うに事欠いて何よ?」
征一は、なぜかクスリと笑った。
「付き添い。確かに付き添いのオヤジですね、僕は。何となく付いてきただけのただの主体性のないオヤジですよ。
それに僕は、死にたかないですよ、貴女の言うとおり。これまで、確かに良いことはなかったけれど、これから先、もしかして良いことがあるんなら、生きてみたい。試してみたい、でも、自信がない。貴女だって、本当は、そうなんじゃないんですか?」
言葉に詰まって顔を強ばらせている恭子に、征一は更に、ゆっくりと続けた。
「一人じゃ怖いからって相手の勢いに便乗して死ぬなんてのは、これはどう考えたって心中じゃないですよ。ただの、集団自殺です。
自殺なんてのは、卑怯な、弱虫のやる最低の行為です。その中でも、一人じゃできないなんてのは、最低の中の最低です。僕らは、そんな最低の二人なんですよ。違いますか?」
恭子は、応えられずにいる。握りしめた両の拳が、震えていた。
「このキノコを貴女が、もし、自らの手で食べられないのなら・・・」
征一は、笠が焦げ始めているキノコを指さした。
そして、大きく息を吸い込むと、全く信じられないようなことを、唐突に言いだした。
「ぼ、僕と・・・。ぼ、ぼ、僕と、結婚してください」
第14回「男の転の弐」へつづく
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