29 悩み多き電話の真実
「当教会は、霊場埼玉県秩父市に本部を置いているのですが、本部での研修を終えた者は、教義、教則に基づくロイヤリティー、一般的には御布施と言われておりますが、まあ、それを支払うことによって、各地にフランチャイズ制の教会を開設することができるシステムなのです。もちろん、集客・・いえ、布教活動にに関しましても、完全にマニュアル化、システム化されており、誰にでも無理なく教会経営が出来るようになっております」
教会経営。確かに宗教は、税務上もボロい商売だとはよく聞くが、ここまであからさまにロイヤリティーだのマニュアル化だの、果ては、誰にでも無理なく出来るなどと言われてしまうと、それはちょっと違うんじゃないの、と言いたくなってしまう。
「で、今回の件ってのは、そのマニュアルとやら通りにいかなかった、言うなればレアケースっていう訳だ」
「お察しの通りでございます。実は、埼玉県の坂戸という市に、埼玉南教会というのが先日オープン致しまして、早速布教活動を開始したのですが・・・」
ここで五十嵐は、また口籠ってしまう。
「それで?」
「はあ、その、埼玉南教会と言うのはですね、かなりお若い信者の方が経営なさっているんですが、宗教にも教会ごとの個性が大事だと、また、若年層に訴える為にも砕けた内容でなければいけないと、私どものマニュアルを全く無視した方法で、本部の意向と異なる下品この上ないチラシを作成し配布したのです。それはもう、知性の欠片も感じられない、信じ難い酷さのチラシでした・・・」
私は、手元に握り締めた黄色いチラシにもう1度目を落としてみたが、確かに五十嵐が嘆くだけのことはある下品さであり、知性の欠片などは、芥子粒ほども感じられない。五十嵐は、更に続けた。
「しかも、彼らは・・・」
「彼らは?」
私と妻は、頬をくっつけながら目配せをして、真相が近づいていることを、確認しあった。
「はあ。夜間、7時以降の夜間の相談電話の転送先をですね、誤っ、誤って、貴方様の携帯電話の番号に指定してしまったのでございます。ま、誠に申し訳ございませんでした!」
「へぇっ?お、お宅の教会の夜間の相談電話の転送先を、この携帯に・・・って、そ、そ、それだけのこと?」
肩透かし。拍子抜け。とてつもない脱力感が私たちを襲った。ただの電話の転送先の入力間違い。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。如何にも摩可不思議と思っていた出来事が、種明かしを聞いてしまえば、他愛もなく、実にくだらないなどということは、実際よくある話ではあるが、それにしても今回の話はちょっと酷すぎないか?
救世主だの、奇跡だの、ご利益だの、世界を覆すかのようなレベルで大騒ぎをしていた自分たちが、とことん、情けなく、阿呆らしくなってしまう。いや、私は悲しくて、涙が出そうだ。
「誠に申し訳御座いません。追って、正式にお詫びに伺わせて頂ければと存じますので、宜しければ、ご芳名とご住所を・・・」
そこまで五十嵐が言った時、妻はいきなり、呆然としている私の手から携帯をむしり取ると、ドスの効いた声で言い放った。
「もう、いいわよ」
突然の女性の声に、五十嵐が怯んだ。
「えっ?あ、貴方様は・・・」
「誰だっていいじゃない!もう、いいって言ってんだからさ」
その時だった。ふいに、廊下の向こうでゴボゴボという、トイレの流れる音が聞こえてきた。
私たちは顔を見合わせた。飯山君だ。逃げ出したんじゃなかったんだ。それにしても、随分と長いトイレだったなあ。
もしもし、もしもし・・と続ける五十嵐に妻は、
「切るわよ。もう2度と電話してこないでちょうだい、いいわね?」
と一方的に告げて、電話を切ってしまった。そのほんの数秒後、カーテンの向こうから、眠そうな顔の飯山君が、皺くちゃのハンカチで手を拭きながら現れた。
第30回「長い長い夜の終焉」へつづく
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