23 飯山版 ヨゼフとマリアの馴初め
「それで納得だわ。だって、メシヤマちゃんのお母さん、美人過ぎるって言うか、綺麗さが芝居掛かってて、さり気ないのにプロっぽいんだもの・・・」
言われてみれば、妻の言う通りだ。写真の飯山君のお母さんは、飛び切り綺麗なのに実に優しそうで、家庭的なのにそのくせ洗練されていて、誰もが夢見る、まるでホームドラマに出てくるお母さんみたいだ。
「こんなに綺麗な人だったなら、お父さん、さぞかしライバルが多かったんでしょうね」
飯山君は、そんな妻の言葉を肯定するでも否定するでもなく、左右にゆっくりと、ゆあーんゆよーんと揺られたまま、話しを続けた。そう、寝間で幼子に、昔話を語り聞かせるみたいに。
「僕も、直接は知らないんです。母は、その頃のことを僕には話したがりませんでしたから。でも、父から、母には内緒だよって、僕が聞いた話では、若い時分、母は小さな旅芝居の一座にいて、全国を転々と巡業していたということでした。
母は6人兄弟の4番目で、貧しい家庭に生まれ育って、ろくな教育も受けさせてもらえませんでしたが、小さい頃から歌や踊りが好きだったんだそうです」
「お母さん、産まれは?宇都宮・・じゃないよね?」
私の質問に飯山君はゆっくり頷き、左右のゆっくりな揺れに更に縦揺れが加わり、飯山君の上半身は、実に複雑な軌道で旋回をした。
「母の産まれ故郷は、山梨県の大月です。大月の巡業に来たその旅芝居の一座に、家出同然で加わったのが、17の時だったそうです」
「お母さん、あれだけ綺麗だったんだから、一座の花形スターだったんでしょう?」
「はあ、父はそう言ってましたが、当時の写真は、1枚として残っていないんです。ですから、実はこの話、全て父を通しての又聞き、受け売りなんです。母には、もう今となっては聞きようもないですし」
「えっ?もしかして、お母さん・・・」
飯山君の答えは、やはり想像の通りであった。
「はあ、亡くなりました。もう、4年になります」
「まだ、お若かったんだろうね」
「僕が産まれたのが、母が21の時でしたからね。まだ42で逝ってしまいました」
私と妻は、どちらともなく目を合わせて、暫くの間、会話が途切れた。
「お母さんがお父さんと出会ったのは何歳くらい?」
飯山君にそう語った妻の声は、さっきまでとはまるで別人のように、静かで、優しげだった。
「それが・・・」
そう言ったきり、飯山君は、唇を噛んで俯いていたが、意を決したように顔をおもむろに上げて、私たち夫婦を下から覗くようにして見据えると、ポツリと、一言だけ言い放った。
「21だそうです」
「あら、随分と、じょ、情熱的な出会いだった訳ね」
妻は、精一杯気を使って、言葉を選んでいるようだが、出会い頭のできちゃった婚といったところなのだろう。
ところが、飯山君の次の言葉は、私たちのそんな下世話な憶測を蹴散らしてしまうほど、意外なものであった。
「い、いえ。母の三回忌に宇都宮に帰った晩、父が酒を飲みながら、僕に打明けてくれたんですが、母は・・・、父と出会った頃の母は、既に、僕を、身篭っていたそうです・・・」
第24回「出会いは大月、再会は宇都宮」へつづく
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