18 日本人ならブッキョー
イエスの父親、ヨゼフの職業が大工だったってことくらい、勿論、この私だって知っている。それに、妻の言うところの「北北東の猫のミーコに、4桁くじ、113万円」の16万分の1の確率を忘れてしまったわけでもない。
しかし、だからと言ってだ。目の前で不安そうに、ゆあーんゆよーんとテーブルの揺れに身を任せているイヤミに似た青年が、父親がただ大工だということだけを理由に、即救世主であると直結させ、断定するなどということは、おい、妻よ、それは、安直を通り越して、余りにも乱暴な解釈だろう。
なぜなら、そんな短絡的な思考が許されるのならば、飯山君に限らず、ゼネコンの下請け、孫請け、ひ孫請け会社、つまりは、建築業界に従事する方々の息子さんたちは、相当の確率で救世主になってしまうはずなのである。
しからば、同業界は、主の思し召しより不況知らずであり、いつの時代においても隆盛を極めているべきなのだが、実際には、好不況の煽りを真っ先に受ける業界であり、昨今のリーマンショック以降の惨憺たる状況は、誰もがニュースや新聞紙面でもよく耳にしているであろう。
更に言ってしまえば、建築業界に従事する方々の中にも、息子さんが宝くじに当選したという方も相当数いる訳であって、しかも、113万円なんてみみっちい金額ではなく、サマージャンボ1等前後賞併せて3億円なんて人も探してみれば当然、何名かは、いるのであって、そんな3億円息子ならば計算上、キューセーシュの飯山君の113万円の265.48倍に相当する奇跡を起こし得るとてつもない救世主になっている可能性が極めて高く、そんなとてつもない救世主であるならば、とてつもない奇跡を起こしているはずであり、そんな噂を風の便りに聞いても不思議はないのであるが、そんな噂、一向に私たちの耳に入って来ないのである。
その辺の事情を私が、噛んで含めるようにして妻に説明すると、妻は中空にあった右手を畳み、腕組みして、「ふうむ」という風にその太い首を傾げて見せた。
情けないことなのだがどうやら、欲得にまみれて目の前にぶら下がった人参しか見えない妻には、金額で換算して損得を比較するのが最も効果的らしい。
「飯山君、誕生日とかは、どう?」
私の次なる質問に、妻がまた飛びついた。
「も、もしかして、12月の24日とかじゃないわよね?」
私は、思い通りの反応だったと思いつつ、眼をキラキラさせている妻が、いじらしいと思った。
「そんな上手くいく訳ないじゃないか。大体、24日は、クリスマス・イブなんだから、キリストの誕生日自体は、12月25日だよ。で、飯山君、いつなの?」
「4月、4月8日です」
「なあんだ・・・」
果たして、キューセーシュの飯山君の誕生日は、春先の新学期の始まった直後の日であり、それを聞いて、妻はがっくりと落胆したのだが、
「そ、それって、釈尊、仏陀の誕生日じゃないか?」
私は、しまったと思った。口を衝いて出てしまった自らの言葉をもう1度口の中に押し込んでしまいたいと悔やんだ。
バンッ
先程の数倍の衝撃を、私はまた、背中に感じた。
「そ、そうかぁ。やっぱり、あたしら、東洋人だものねえ。そうよね、そうよね。日本人は、やっぱブッキョーよねえ」
盆ですら線香も上げない妻が、よくぞ言うものである。
第19回「5840万分の1の奇跡」へつづく
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