17 新米救世主の出自
我ながら、もっともらしい意見であったと思う。
どうも、今日に関して、いや、こと欲得づくの救世主に関しては、妻はいつも以上に冷静さを欠き、まるで見境が無いものだから、よほど核心に触れるような意見で無い限り聞く耳を持たず、つまり、感情や欲望が理屈、正論、常識を凌駕してしまっている為、夫婦の間でも随分と私に分が悪い状況が続いていたのだが、やっと、再び私がイニシアティブを取ることのできそうなそんな希望の光が、兆しが、見えたような気がした。
実際のところ読んで字の如し「救世主」というものは、世を救うわけであるからして、世の為、人の為に現れ、民を救済する存在でなくてはならないはずである。
それが、世の中を救うべく天より与えられた特殊な能力に気づかない、或いは、気づきながらも誰にも知らせず埋没させてしまうだとかは、全く以って宝の持ち腐れとしか言いようが無い訳だし、ましてや、与えられた能力を奇術の如く使用するなどして、金儲けに使うなどは、言語道断、もってのほかなのである。
であるからして、その力を与えた天も、大天使であるとか、たくさんの牙を生やした象に姿を変えて、本人に対して夢枕に立つなどの手段を講じて、当然それを告知しなければならないはずである。
なぜなら、奇跡の一部として、炎を発する能力を得た者がいたとしよう。その男は、能力が備わったことを知らされていないばかりに、朝起きて何の気なしに触れる物、ベッドやカーテンであるとか、テレビ、パソコン、茶碗、湯飲み、便座、果ては、撫でた犬に至るまで、あらゆる物全てが突然発火、結果、そこここで火災が発生し、周辺地域の家屋や人命に甚大な被害を与えた挙句、連続放火魔として全国指名手配。当然、逮捕の際も警察官にも多大な犠牲を与えせしめ、極悪非道の烙印を押されたまま、射殺されてしまう、なんてことにも、なりかねないのである。
では、このキューセーシュの飯山君には、ここ最近、そのようなお告げや天啓があったのだろうか。
「ねえ、どうなの?」
ところが、妻の質問に対するキューセーシュの飯山君の回答は、実に素っ気ないものだった。
「さ、最近、あの、夢なんて僕、見てません」
「あら、そう。 本当に? そりゃあ残念ねぇ。忘れちゃった、そんな訳ないでしょうしね」
妻はちょっと気を落としたようだったが、私にはまだ、ある考えがあった。
「いや、ちょっと待って。イエス・キリストの場合、母であるマリアは勿論のことだけど、父のヨゼフも夢で神の子であるというお告げを受けてるんだ。つまり、君の場合もお父さん、お母さんに天使が現れたのかもしれない。最近夢を見てないって言うんならこれは、うん、生い立ちから追っていった方がいいかもなぁ。飯山君。面倒かもしれないし、プライバシーに関わることだけど、これも例の電話の謎を解くためだからさ」
「そうそう。メシヤマちゃんのことを思ってのことなのよ」
妻は心にもないことを平然と言ってのけると、彼と向き合うように、そう、さながら刑事ドラマの取り調べ室、揺れるテーブルを挟んで、尋問をするような位置関係になった。
「じゃあね、聞かれたことだけに応えるだけでいいから」
「うん、無理に飾る必要はないからさ。単語で応えるくらいで構わないよ」
妻、私の順に目をやったキューセーシュの飯山君は、ゆるゆると頷いた。
「そう、確か出身は、栃木県の宇都宮だったわよね」
そうそう。餃子の携帯ストラップは、地元愛の証だったはずだ。
「ストラップもそうだったけど、お父さんは、まさか、餃子屋さん?」
妻は、精一杯優しく語りかけようとしているのだが、当然のことながらキューセーシュの飯山君は、まるで被疑者のようにおどおどと怯えて応える。
「い、いえ。親父・・、いえ、父は、だ、大工です」
妻のこめかみが、ピクピクッと痙攣した。
「だ、大工さんなの?マジ、あの家を建てる大工さん?ねえ、あんた、キリストのお父さんのヨゼフって、確か、大工さんだったわね。ねえ、あんた、違う?」
バンッ!
妻の太い腕が私の背中を1回だけ、10段階評価で6くらいのレベルで打ち据えた。先程、全力で連打され続けたキューセーシュノ飯山君は、さぞかし痛かっただろうなと思わせるに十分な一撃だった。
第18回「日本人ならブッキョー」へつづく
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