4.見た目は、とても大事
第一印象、しかも、見た目と言うのは、実に重要である。下手をすると、その後一生分のマイナスを、本人の意志、努力とはまるっきり無関係に、相手方のその一瞬間のインスピレーションのみで負ってしまうというようなことも、有り得なくもない。
ドアに備え付けの魚眼レンズの覗き穴で見る故、広角な平目顔の間抜けに見えるというハンデはあるものの、それにしてもこの男、あまりにも間抜け面である。
痩せた面長の顔に長髪。と言っても、お洒落なロン毛ではなく、無造作に伸びてしまい、毛先がやや外にカールしてしまった例のくせ毛。所謂オタク系にありがちなあの頭髪である。薄っすらと伸びたドジョウ髭と顎鬚。細めの山型の眉毛に、吊上がり気味の一重の小さな目。そして、これがポイントの上唇から覗く前歯。
過去の半生において、この持って生まれたイヤミ似の面相によって様々な艱難辛苦を受け、乗り越えてきたであろうことは、30を過ぎたばかりの私ですら想像に難くない。
しかも、あの作中のイヤミにある存在感(例えそれがマイナスではあったとしても)が、この男にはない。覇気が、やる気が感じられないのだ。神様うんぬんを抜きにしても、全くオーラというものを発していない。何をするでもなく、ただひたすらぼーっと、流されて生きているように見えるのである。
つまり、世間という集団の中の立ち位置としては、危害を加えられることはあっても、加えることなど、とてもありそうには見えない人物に違いない。
(こんな奴なら、楽勝だな)
私の中で、積乱雲のようにむくむくと発生した驕りに、私は、慌てて急ブレーキを掛けると、懐に仕舞い込む。いやいやいや、人は見かけによらぬものなのだ。見せかけに騙されてはいけない。そう、ひょっとしたらこやつは、間抜けな風貌で油断を生じさせつつ、更に、疑似餌たる誘引突起で小魚をおびき寄せる、あの深海に生息するチョウチンアンコウの如き、滑稽そうに見えて、実は獰猛な輩かも知れん。いや、そうに違いない。くわばら、くわばら。
私は、まず、チェーンをチェックしてから、大きくひとつ深呼吸をして、ほんの少しだけ、ドアを開けてみることにした。鼓動が速くなって、ええい、汗ばんだ掌でドアノブが滑る。
ガチャリ
魚眼レンズ越しでない、平目顔でないその男は、細身かつ頬骨が強調された分、更に、赤塚先生の描いたイヤミだった。
向き合ったまま、暫しの静寂の後、男の唇の端がひくひくと動き、少しだけ覗いていた歯が顕になり、何か言おうとしていることが窺い知れた。
いきなり、シェーか?それとも、おフランス?まさか、ざんす?そんな思いが俺の頭をよぎったのだが、当然に、不正解だった。
「あ、あの、夜分にすいません。あの、昨晩、お電話いただいた、あの、キューセーシュという者なんですけど・・・」
あのあのばかり言う口調も、声質も、実に、思った通りの頼りなさなのだが、それ以前の問題として、おい、こら、お前。その「キューセーシュという者」って言い方、実際、それ、どうなのよ?
キューセーシュってそれ、キミ、固有名詞的に使ってない?
って、まさかホントのおバカさん?
イヤミもどきのこの男というものを解析するにつけ、先程、懐に仕舞い込んだはずの積乱雲が、またしても、むくむくと巨大化していく。この男の所作、物言いには、そういったものを誘引する、何かが潜んでいる。絶対。
第5回「助けを請う救世主」へつづく
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