俺様とマリア volume.96 猛虎 キム・クンナム
ラブホテルなんて言い方よりも「連れ込み」の方がしっくりくる旅館と丸と棒のハングル文字、韓国料理屋だらけの街。
今でこそ韓流ブームに乗ったオバサンが大挙して練り歩くような街になっちまったが、俺様がまだやんちゃなガキだった頃の大久保界隈は、決して女子供が気軽に足を踏み入れられるような、そんな雰囲気の街じゃなかった。そしてその頃からここだけが、新宿の真の覇者というべき者の支配を、その誇り高き民族の血により頑なに拒み続けてきた特別なエリアだった。
俺様とエディのおっちゃんがこれから会おうとしているキム・クンナムにも、その意思と力とが脈々と受け継がれているであろうことは、神龍の主催した最強トーナメントの出場を、実力行使の上で袖にしたことでも明白だろう。
しかしそんな、神龍ファミリーと緊張関係にあったばかりのキム・クンナムが、俺様たちに易々と手を貸してくれるはずがないのは火を見るより明らかで、それでいて尚且つ、あの神龍監督がどうしても戦力にしたいって言うのだから、キム・クンナムの実力たるや余程のものに違いない。
「エディのおっちゃん、キム・クンナムって、一体どんな奴なんだい」
新大久保駅を出て改札左手のパチンコ屋の脇の細い路地を折れた俺様たちは、のろのろと牛歩戦術でもしているかのようなオバチャンたちの行列を、搔き分け搔き分け急ぎ足で進んでいく。俺様の質問におっちゃんは、オバチャンたちの白粉と香水の臭いに顔をしかめながら応えた。
「それなんだがなあ、兄ちゃん。
実は、俺も詳しいことは何も知らされてねえんだよ。
神龍さんからは、店に行けば分かるって、それだけしか言われてねえんだ」
「店、店って、何の?」
「それが神龍さんったら、意地悪なんだよ。
この路地を真っ直ぐ行った辺りだとしか教えてくれないんだ。
そこいらで地元の人に聞けば奴のことなら誰でも知ってるし、
行ってからのお楽しみだって笑うんだよ」
世間で噂される「冷酷無比」「極悪非道」からすると、何とも神龍らしくない、まるで悪戯っ子が友達に謎掛けをするみたいな会話だ。あの神龍がそんな甘ちゃんみたいな台詞を吐くものだろうか。しかし、俺様は過去の神龍の遇像を頭から打ち消してみる。本当はこんな神龍こそが、気が置けない仲間に対する真の姿、素顔なのかもしれない。俺様は神龍という人物に魅かれていく自分に気づいて、出会いの頃からのその変化に我ながら苦笑しちまった。
と、俺様が思い出に浸っていたその時だった。スキンヘッドにサングラスという妙ないでたちの男が5〜6人、鉄パイプだの木刀だの物騒な得物を手に俺様たちを追い越して、オバサンをなぎ倒すように路地を駆けていった。
あの坊さんも畏れ入るほどの目の眩むスキンヘッドの集団は、間違いなく「SPZ」。今回の都市対抗戦でリンダ側に付いた中野を牛耳る愚連隊だ。
考えてみりゃ、ここ大久保は新宿区の端っこ。中野とは隣接している訳で、神龍ファミリーの支配下に無い独立したこのエリアを、奴らが前進基地として狙うのは当然と言えば当然な訳で、揉め事があったとしても何ら不思議は無い。
眩いばかりのスキンヘッドたちは、路地奥の韓国料理屋「オモニの店」の前で一斉に立ち止まると、荒々しくサッシのドアを開けた。勢いで営業中の看板が弾けて転がる。
店内で食事中のオバサン連中はその集団の異様な風貌に一瞬驚いたものの、持ち前のずうずうしさで「ドアは静かに開けて頂戴」「食事中なのよ、後にしてよ」などと方々から騒ぎ立てる。恐ろしいほどの危機感の無さだ。中にはSPZの連中に眼もくれずにサムギョプサルに食らいついたままのツワモノまでいる。
オバサン連中の対応に業を煮やしたリーダーらしき男が、手に持った鉄パイプで、スンドゥブ・チゲの煮立ったテーブルを真っ二つに叩き割ると、店内の雰囲気が一変した。オバサンたちは一瞬顔を見合わせててから申し合わせたかのように一斉に箸を放り出し、全く似合わない黄色い声でキャーキャー叫びながら店から飛び出ていく。鉄パイプの男が店の奥、厨房に向かって叫んだ。
「おら、出て来いよ、オモニさんよ。
ご存知、隣町の中野SPZだ。
昨日の手紙の返事を貰いにきてやったぜ」
野次馬の群集が見詰める中、店の奥からエプロンで手を拭きながらゆっくりと出てきたのは、年の頃なら40代半ばだろうか。今時珍しいサザエさんパーマがよく似合う、まさにオモニ。やさしいお袋さんを絵に描いたようなそんな女性(ひと)だった。
彼女は床にぶちまけられたスンドゥブ・チゲやポッサム、石焼ビビンバを悲しげに見下ろすと真っ直ぐに鉄パイプの男に近づいて行く。鉄パイプの男が薄笑いを浮かべながら、上から見下ろすように言った。
「あんたが大久保のオモニかい?
思ったより若いんだな。
で、どうだい?
中野SPZの傘下に入るって話、悪くね・・・」
ガシャッ
彼女は無言のまま男の眉間に正確にパチキを食らわした。2メートルほど後方に吹っ飛んだ男は、悲鳴を上げる間もなく見事に白目を剥いている。その角度、タイミングたるや、これほど見事なヘッドバットは藤原喜明を以ってしても、これまで何度体現できたかというほどの完璧さだった。彼女はSPZによってすっ飛ばされた看板を拾い上げると、入り口のフックに「準備中」と架け替えて静かに言った。
「覚悟しな。
このキム・クンナム、祖国の料理を汚したものは、絶対に許さない」
【To be continued.】
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