【短編】春は名のみの
立春を過ぎると陽の光が急に煌いてくる。明るさに誘われて、ついセーターで外出した。外は思わず身震いするほど風は冷たい。コートを取りに引き返そうかと思ったが、そそくさとそのまま用事を済ませた。
家の前まで帰ると電話が鳴っている。慌てて家に飛び込むと九州に住む妹からだった。妹は昨年手術して、その後定期的に検診している。昨日もその日で、コレストロールが多いので、その薬も飲んだほうが言いといわれたとしょげている。「あたしだって飲んでいるよ。遺伝だね」と、先日産まれた初孫のほうへ話題をもっていった。「私、待っていたのに産まれてから聞いたのよ。娘は私を頼りにしていないみたい」とぼやく。「ベタベタされるよりいいよ」というと、今度は義母のことを、夫のKさんが大会社から転職した時、嫁が悪いと年下の夫の従弟から言われたのを何もフォローしてくれなかったと話は際限なく続いた。ついに夫に一度手を上げられたこともあると泣き出した。
三十年か前、いい見合いの話を押しきって勇ましく遠い九州へと嫁いで行った妹である。「あっ、帰ってきた」夫のKさんが帰宅したらしい。「換わって!」電話を切ろうとする妹を止めた。「いろいろ悪口聞いたでしょう」と彼はいつもの闊達な声だった。日曜日の午後である。どうやら一戦交えてパチンコ屋へ避難したが、すっからかんになって帰ってきたらしい。「惚気をさんざん聞かされたもので、笑い飛ばしてやったわ」と複雑な笑いの交換となった。妹は話し相手の長女が結婚し、次男が家を出て寮に入り空き巣症候群と、健康の不安・更年期が重なったのだろう。
翌日、電話しようとしたら向うから掛かってきた。「昨日はごめん!」明るい声だった。彼女は今、春は名のみの風の寒さやの中にいるのかもしれない。
《終》
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