【エッセイ】私の日中友好
よく行く文房具店で買い物をしていると後ろで中国語らしい早口の会話が耳に入った。NHKのテレビやラジオの中国語講座で勉強している私は、はっとして振り向いた。
「あっ?」 ほとんど同時に両方で声をあげた。
半年ほど前、私が市の成人学校の中国語科に通っていた時、講師の知人としてゲストで一度きてくれた帰国中国残留孤児のご夫妻だった。覚えていてくれた感激と懐かしさで「好久不見了!(ハウチュープーチェンラ)」と話しかけると、人なつこい笑顔で答えてくれたが、私の語学力では後が続かない。歯痒いが気持ちは充分通じた。ご主人は半年間で随分垢抜けたが、奥さんの方はあまり変わっていない。
「薄(パオ)・日本語でなんですか」奥さんが聞く。
「うすい」というと手帳に書いて店員を捜す。
「你要(ニーヤオ)エア・メール?」あちらでは高校の物理の先生だったというご主人は救われたように頷く。前にも思ったことだが、中国では女性の方が積極的のようだ。二人に代わって店員に聞くと、いま、丁度品切れだという。他にも客はいるのに皆見て見ぬふり、二人はここで相当時間を無駄にしていたらしい。
文字や数字で書けばわりに分かるのだが「七百八十円です」と早口でいわれて千円札を出しかけてとまどっている。
「七百八十円(チーパイパーシーイエン)」と後ろから言ってあげたら安心して千円出した。レジに並んでいた青年とおばさんが、びっくりした顔をして私を見るので少々得意でもあった。
店を出ると、エア・メールが必ず売っていそうな街で一番大きな文房具屋さんを教えるのだがそれがまた一苦労。知っている中国語の単語を並べて、日本語でつないで、英語で補ってそれでも足りなくて手振り身振りまで総動員。夕方の街の中に手を取り合わんばかりにくっついて歩いていく二人の後ろ姿は、離れては大変とすがりついている様にさえ見えた。見送る私といえば、冬だというのに汗びっしょり。相当あがってしまったような気がした。
家に帰ってから、あの人たち欲しいものがちゃんと買えたか気になった。そして夕方とはいえ少し時間をやりくりして一緒についていってあげればよかったと後悔した。
次の日薄い便箋を二冊買って辞書をひきひき手紙を書いた。その手紙をノートの隅にメモしてあった住所に送った。
二、三日して中国語とひらがなばかりの日本語のお礼の手紙がきた。私の中国語が本当に通ずるか話してみたいと書いたので、いつでも遊びに来てくださいという。思いもかけないお誘いに躍り上がって喜んでしまった。ほとんど日本語の出来ないお二人と話すことは、本場中国の観光地なんかで話してみるよりよほど力だめしにも勉強にもなる。でも一人で行く勇気はない。成人学校の時の友人二人を誘って、おばさん三人組の私設日中友好使節団は、出回りはじめた苺とケーキ、富士山周辺地図を手土産に、緊張にわくわくしながら出掛けた。
于(ウ)さんの伯父さんに当たるという石川さんは、七十歳ぐらいの純朴そうな茶農家の主人だった。電話が(呼)になっていたので、前日かけた電話で分かっていたのか車の音に母屋から顔を出した。私たちが挨拶すると安心して家に入った。于さん一家はこの家の離れに、こざっぱりと住んでいた。
奥さんは中国人。二人の男の子はこの地区の中、小学校にすぐ馴れて友達も大勢出来たという。それぞれ日本名もあり、上の中学生はもう地区の卓球大会に選手として出場しているというのに、大人の方は中国の友人にエア・メールばかり送っているらしい。やっと周りの援助で四月から仕事のメドがついたところだという。
食事をはずして午後一時ころ伺ったのに、朝から二人がかりで餃子を山とつくり、ドサッと出してくれた。中国独特の黒い酢と醤油をつけて食べる。これがまさに本場の味で「好吃(ハウチー)」(おいしい)を連発。私たちの中国語と夫妻の日本語はいい勝負で、筆談と手振り身振りを混えて、生活のこと、映画のこと、仕事のこと、子供のことなどを話した。奥さんは、しまいにはアルバムを五、六冊も持ち出してきた。奥さんの実家の家族や、前に住んでいた家の写真もあった。中国人は写真を撮るのも撮られるのもとても好きな人たちらしい。三時間はあっという間に過ぎてしまって、家の外まで出て送ってくれた二人に心を残して帰宅した。
次の日辞書を片手に礼状を出した。折り返し「また遊びにきてください。ケーキ・ほん・、、、はちごぼんとうにありがとうございました」とあり大笑い。
お二人の日本語と競走で頑張ろう。次に会うのが楽しみになってきた。中国語を媒体として中国の文化や長い歴史を学びたい。次は中華料理にでも招待したらもっと心が開けるかも……と夢はふくらむ。テレビでは今日も五十七人の残留孤児が肉親を捜しに來日したと伝えている。私も小さな力になりたい。
《おわり》
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