【エッセイ】お守り
チョロチョロと澄んだ水が二メートル余りも積もった雪の下から流れ出してくる。下水でも詰まったのかと思うが、豪雪では確かめることもできない。それにしても綺麗な水である。
日を追うごとに水量は多くなり、流れも勢いよくサラサラと水音も高くなる。溝を掘って流れを導いてやらないと家の前は水浸しになって歩きにくい。
「これは雪解けの水ですよ」
旅先で地元の人に聞いて驚いた。雪解けは太陽に照らされた積雪の表面からとばかり思いこんでいたのに、春になると地温が高くなり、下からずんずん解けていくという。
初めて知った雪の解けかた、どんなに豪雪でも雪は上と下から急速に解けて春になるのだ。明けない夜はない。雪の下では着実に春に向かって動いている。
旅行で二、三日留守にした。久しぶりに掃除をしていると、突然、元気な女の子の声がした。慌てて出てみると孫の茜が立っていた。
「お守り、もらいにきたよ」
はちきれそうな笑顔である。今朝、茜の父親から別の用件で電話があったとき、旅行で京都に行ったので北野天満宮で学問成就のお守りをもらってきた話をしたばかりだった。のんきそうに見える今時のドライ娘も神頼みの心境に追い詰められているとみえる。
思わぬ飛び入りで、賑やかなラーメンの昼食になった。いつもと変わらぬ手作りのラーメンと夕べのおかずの残り物だけだったが、おいしい、おいしいといって食べてくれるのはうれしい。
晴の日でもないのに、小遣いを親に無断で上げるのは良くないから今日は上げないよというと、分かってると笑っている。これから図書館へ行って夕方まで勉強して帰るのだという。お腹も空くだろうと、ついつい五百円玉ふたつ手渡してしまった。
「やったあ!」
オーバーに手刀切ってポケットに入れた。五人いる孫で、初めての受験生である。誰でも通る道とはいえ、懸命にがんばっている姿が痛々しい。
「また近くに来たら寄んなよ。ご飯ぐらい、いつでも食べて行きなよ」
「ありがとう。じゃあ行くね」
茜は駆け出していった。
こんなことで喜んでくれるのは、いつ頃までだろうか──。孫は時々、突然やってきて小さな風を起こし、去っていく。これで十分孫にかけてあげた分は返してもらった。
《終》
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