やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年10月03日

【エッセイ】墓参り ― Tさん


【エッセイ】墓参り ― Tさん 


「Tさんの墓参りに行かない? もう一年になるのねえ」
 電話で言い継ぎして、十一時までに駅の南口に集まったのは、市内に住む七人だけだった。七人は、もう三年も前に解散した文章の会の友だちである。十四人のうち亡くなったのはTさんが二人めだ。
 真新しい墓には『心』とだけあり、左下に「七月の濁った水は 田に入れず」と読めた。「これって俳句かなあ」と誰かが言った。花を手向け、線香を上げて手を合わせると在りし日のTさんの笑顔が目に浮かんだ。
 Tさんは、当時の会員の書いた入院体験記を読んだのがきっかけで入会してきた。彼自身も何か大病の後遺症に悩んでいるのはすぐ分かった。
 会場が福祉会館の和室だったので、午後は座布団を並べて横になって皆の話を聞いていた。私は、次はこないんじゃないかと思った。
 会は月二回だった。半月後の会に、別人のようなTさんがしゃんと座っていた。作品まで持ってきたのには驚いた。『金木犀』という作品だった。製紙会社の社宅の窓から富士山がよく見え、窓から手の届きそうな所に大きな金木犀があった。奥さんが実家から泥のついた牛蒡を沢山もらって、自転車に乗れずに引いて帰りながら、目が合うと手を振ったので振り返したと書かれていた。
 次に書いてきたのが『祖母のシナリオ』で実の父は六歳の時死んだ。父の弟が二十歳になるのを待って、五歳年上の二人の子持ちの義理の姉、つまりTさんのお母さんと再婚させた。若い父親はよく働き、専業農家は大いに助かり、おばあさんは「わしの目に狂いはなかった」と胸を張った。
 三年生になっていたTさんは義父と母親が仲よく笑いあっているのを見ると、なぜか苛立ったそうだ。すぐ男の子が生まれた。私は「これ実話ですか」と聞いてしまった。
「そうです。私の人生はボタンの掛け違い人生みたいな気がするなあ」
 他人事のように言う。
「今の女房は二十五歳年下です」
 玄関まで車で送ってきたのは、病後のお父さんを送ってくる娘さんだと思っていた。金木犀に出てきたのは前の奥さんだったのだ。
 働き盛りの四十八歳の時、Tさんはこの地方でも中堅の製紙会社の課長だった。家のことは任せ切だった奥さんが急死した。二人の小学生を抱えて途方にくれている憧れの上司を見かねて、部下のOLが手伝いに通ってきた。Tさんは「押しかけ女房です」とにこりともしないで答えた。
「そんなこと言うと罰が当たるよ」とか「だけど本木に勝る末木なしとも言うからね」など、やっかみ半分の意見も続出した。本人は黙って聞いていた。
 一日かけての勉強会だから、昼は会館の食堂ですますがいつも混んでいる。引っ込み思案のうえ動作の遅いTさんのため、食券を買う人、座席を確保する人といつも誰かがお世話を買って出ていた。
 義父は田畑を、実子に継がせるため、Tさんを食いはぐれのない技術の身につく夜間の理系の大学を強引にすすめた。教員の足りない頃、校長が勧誘に来て、中学の理科の先生を三年やっていたといっていた。
 ハンサムで、インテリで、物静かなTさんは、もう半数は寡婦になっている七十代の女性のアイドル的存在だった。昼食の時同じテーブルだった私が「Tさん若い頃もてたでしょう」というと「はい、もてました。でも私はマジメでしたよ」とおっしゃる。そうだろうなと納得した。
 Tさんは毎回作品を持ってきた。そしてその度に元気になった。作品はすべて自分のことだった。私は知らず知らずそれらを継ぎ合わせてTさんを見ていた。初恋の話、部下の自殺を止められなかった悔い、六十歳で若い奥さんとゴルフ中に倒れたこと、奥さんの献身的な看護と、書くことで、Tさんも救われていたのだろう。
 『中古(ちゅうぶる)』という作品では、いつもの夫婦喧嘩が始まると「この中古」義父がはき捨てるように言う。「あんたが頼むから一緒になったじゃないの」文句が終わらないうちに母の顔に手が伸びた。大きくなったら空手を習おうと心に決めたと書いていた。妹は当時女の子に多かった股関節脱臼だったが、そのまま見過ごされたのも、心の底に鉛のように沈んでいたという。
 昨年の暑かったTさんの葬儀の日、親族席にいた妹さんらしき人は、杖にすがって片足を引いていた。あーと思い当たった。
 家を継いだ弟は、バブルの頃田畑が郊外の新興住宅になり、土地成金になった、という文もあった。最後の『柊(ひいらぎ)』という作品では実父が結婚記念に実家の庭に植えた柊の木を晩年建てた自宅の庭に移植したら上手く根付いた。やっとほっとしたと書いていた。
 七月の濁った水とはTさんの心象風景だったのかもしれない。七十六年の人生だった。

《終》


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posted by maruzoh at 07:42| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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