やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年09月23日

【エッセイ】言いそびれた一言


【エッセイ】言いそびれた一言 


 冷たい雨の中を、読経が厳かに流れている。頭上のテントを叩く音が、よけいに寒さを感じさせ、思わずコートの襟を掻き合わせた。「厚いコート着てきてよかったね」。並んで腰掛けていた妹が小声で囁いた。「九十四だったの知ってた?」「いい年だとは思ってたけどねぇ」。私も知らなかったのだ。
 伯母は二十年も前に亡くなった、父の兄の連れ合いで私はもう十年くらい会っていなかった。七人ある子どもの長女はもうとおに七十を超えていて、長女の孫も高校生とか──。かなり広い農家だが、その一族だけで家の中はごった返し、私たちが入る余地はなかった。
 やがて葬式は弔辞になったようだ。マイクの調整が悪いのか、雨の音にかき消されないためか、思いがけないほど大きな声だった。
 それによると、伯母は、農協婦人部の役員とか、民生委員とか、婦人会会長などかなり活動家でもあったらしい。
 雨が小降りになったなと思ったら、どうやら上ったようだ。最後の親族のあいさつに並んだ人たちも空を見上げて、ほっとした顔になっていた。その中でただ一人家を継いだ長男の嫁さんだけが涙を拭いていたのが印象的だった。「ほっとしたのよ」と、つい口を滑らした。「しっかり者と長い間仲よく暮らすのも楽じゃないよ」と妹も頷いた。複雑な涙だったのだろうなと思った。
 葬列を組む頃には、すっかり雨も上り誰かが「このおばあちゃんは運がいい」といった。ボケもせず健康にも恵まれ百年近い時を生きるにはさまざまなことがあったのだろう。運も味方につけ、気力・体力ともに充実させ乗り越え、踏み越え勝ち抜いてきたのだ。それを支えてきたお嫁さんに、心から「ご苦労さまでした」というべきだと思った。見送る人たちの顔が一様に明るいのは、雨が上ったからばかりではない。九十四歳の葬式はめでたいのだ。
 火葬場で、最後の別れのとき見た伯母は、小柄な人ではあったが、ほんとに小さくなって、でも口許は微笑んでいるようにさえ見えた。長い長い道を歩き疲れ、どっこいしょと座り込みそのまま、気持ちよく眠ってしまったような顔である。私は(いい人生だったね、おばあちゃん。子どもの頃、夏休みに泊まりがけで幾度も遊びに来させてもらったっけね、ありがとう)と、心の中でお別れをした。
 聞くともなく、聞こえてきた周りの人の話によると、最期は救急車で病院に運ばれたが老衰なのですぐ帰され、家で二か月ぐらい寝ていたらしい。私はそんなことも知らないで、一度も見舞いにも行かなかったのが悔やまれた。
 昼食が終わり、ロビーに出ると親族あいさつで一人涙していたお嫁さんの隣の席が二つ空いていた。とっさに、ここで「大変でしたね。長い間有り難うございました」と声を掛けようと妹を誘って並んで座った。
「あれ?あんたらじん仁ちゃんの娘さんら?」突然知らないおじさんから声を掛けられた。「はい……」。私の父は鋭二だが、子どもの頃けがをして名前を変えなければ育たないといわれ、仁一という名を仮につけたという話を聞いたことがあった。近所の人はそう呼んでいたのかもしれない。「わしゃ、あんたんちへ何回も行ったことあるよ。先代のおばあちゃんに頼まれていろいろ運んだよ」。そういえば、子どもの頃、漬け菜とか大桶一杯の味噌など父の実家から届いたものだ。「わしゃ、当時珍しかった軽トラ持ってたからね」と得意がる。手伝いに来ていた隣組の人だった。気さくな妹は「可愛い女の子がいたから覚えてるんだ。いまはおばあちゃんだけどね」「もう孫がいるのかい。そうさなぁ、あの頃おれも青年団だったから」。昔話に花が咲いて、私たちは、はしたなくも笑い声を立ててしまった。
 思いがけないほど早いアナウンスがあって、私たちは、話を中断してぞろぞろ移動した。「あっ」目の前を行くお嫁さんを見て一言を言いそびれたのに気が付いた。いままで笑っていたのに、掌を返したように真顔になってそんなことをいうのも気が引けた。並んで座ってしんみり伯母さんの話をした後ならともかく、顔を知っている程度の間柄だし……黙って歩いてしまった。私はいつも肝心なことを言いそびれる癖かある。余分なことはいくらでも喋るのに──。
 お骨は真っ白くて、大きな風が吹いたら飛んでしまいそうに少なかった。骨壷の中にカラカラと納まり、人生もお骨も完全燃焼したなと思った。
 フロイトだったか、あらゆる死の中で老齢の死が一番軽い、しかもわずかにここちよい、といっている。私も願わばこういう死がいいなあと思うが、それは神のみぞ知ることである。

《終》


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posted by maruzoh at 07:12| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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