【エッセイ】ああ、表彰式
暮れも押し詰まった二十八日、県企画部統計課から一通の封書が来た。開けてみると「一月十七日行われる静岡県統計功労者表彰式の登壇依頼」であった。表彰の通知は受けてはいたが、代表で登壇とは驚き、緊張型の私は次にずしんと気が重くなってしまった。
私が統計と関わりを持ったのはかなり古い。結婚して間もない昭和三十五年の国勢調査で急逝した区長さんのピンチヒッターを頼まれたことから始まった。その後いろいろな国の統計調査、新聞社の世論調査とアルバイトを兼ねた社会参加だと思って今日に至っている。
当日、最寄りの駅に着くと、この市から一緒に表彰される三人がもう来ていた。
「あー一緒でよかった。知らない人ばかりだと一日退屈だものね。アゴ・アシ付きだから終わったあとショッピングしてこようね」
「いまデパート、冬物バーゲンしてるょ」
この人たちは私の憂鬱を知らないらしい。
電車に乗り込むと入り口のボックスがちょうど三つ空いていた。一人がすばやくバックを前の座席に投げ出して「こっちこっち」と呼んでいる。私は先客のドレスアップの初老の婦人に会釈して斜め前に座ったが、そんなに年も違わないのに朝からはしゃいでいる軽い集団に思われやしないかと気になった。
「のど飴食べない?」
ひとりがバックをあけて人の気も知らないで朝からもぐもぐやっている。私は近づくにつれて緊張が高まってくるようでとてもそんな気になれない。石仏のようになって私たちの会話を聞いていた斜め前の婦人がおもむろに口をはさんだ。
「もしかして貴女方も統計表彰式に行く方でしょうか?」
「じゃお宅も?」
「ええ、私はおまけに代表で登壇するよう文書が来てリハーサルのためにみんなよりひと電車早くきたんです」
という。
「よかった! 一緒にお願いします」
話してみれば気さくな人で、駅からタクシーに相乗りして、お喋りしながら会場に着いた頃には、もうふたりの緊張は半分になっていた。
開会三十分前の会場は、忙しく行き来する人や、ローカル局のテレビで見馴れた男のアナウンサーがマイクの前で真剣な顔で原稿に目を通していたりして華やいだ中にきゅっと引き締まった雰囲気だ。彼女と私は違う種類の表彰だったので席は別れてしまった。この頃になると気持ちも落ち着くというのか居直るというのか指定された席にどっかり座った。学生の統計グラフコンクールの表彰もあるので小学生や父母、先生などぞくぞくと席を埋めていった。
リハーサルは種類別に担当の県の職員が親切丁寧に教えてくれた。私は一番初めの功労者表彰だ。名前を呼ばれたら前に出てステージの前に十人が横一列に並ぶ。改めて一人ずつ壇上に上がって知事から賞状と賞品を受け取る。ほとんどが私より年配者だとお見受けした。リハーサルも無事終わり、これなら何とか――とほっとして席に着くと腕章をつけた職員が腰をかがめて近づいてきて、隣の女性に小声で話していたが
「じゃ落ち着いて、ゆっくり喋ってください」
と立っていった。
「喋るんですか?」
私はドキッとして耳を疑った。
「市の職員が引き当てちゃったらしくて……」
「謝辞ですか? 大丈夫ですよ頑張ってください」
他人事だと何とでも言ってしまう自分に呆れる。彼女と私は席が隣で同じ賞だからひとつ間違えば私に来たかもしれない役なのだ。彼女の膝が貧乏ゆすりをしている。突然両手をぱっと紙を持つ型に出した。
「手がどうしても震えるので丸暗記してきたの、こういう時誰だってあがりますよね」
「当然ですよ、あの杉村春子だって初日が開くときは人・人・人って書いて呑むまねをするそうですよ」
驚いたことに彼女がいきなり実行した。私は先刻あったばかりの彼女の背中をボンと叩いて
「大丈夫!」
と一緒に笑った。前列に座っていると人々のざわめきが塩騒のように背中からのしかかって息くるしい。
本番では周りがあがると自分はへんに冷静になれた。出番が終わって席に着くとほっとした。隣の彼女はいよいよ身じろぎもしないで前を見ている。
「先刻だってずいぶん間違った人いたわよ。少しトチッた方が愛嬌あるわよ」
と私は気休めをいった。
式が進み最後に彼女は愛嬌もないほど落ち着いて私たち受賞者を代表して謝辞を述べてくれた。落ち着いた足取りで席に着いた途端、
「あっ!年月日と名前言うの忘れた!」そういえば……。
別れる時、彼女は
「もう会うことないかも知れないけど、元気でいつまでも活躍してくださいね」
と、私の手を両手で握ってくれた。
「あなたもね」
辛口の上等のカレーを食べた後のようなさわやかさが残った。
《終》
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