やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年08月12日

【エッセイ】すてきな一時間 戸田U


【エッセイ】すてきな一時間 戸田U


 「あぁ、一足遅かったかなぁ」夫はしばらく立ちつくしていたが、船着場の桟橋の近くにあるベンチに腰掛けてたばこを取り出した。私たちが乗るはずだった白い船は見る見る小さくなって、灯台のある岬を回って見えなくなった。戸田は小さな漁村だから、この港に入ってくる船は一時間に一回ぐらいしかない。次の船までの一時間をどうしよう。
 一〇メートルくらい離れた岸壁で、のんびり釣糸を垂れている母子がいた。午後の西日を受けて、半分シルエットになったお母さんと二人の男の子の姿は、小さく見える岬を背景に映画の一シーンのようだ。
 手持ち無沙汰に眺めていると、三年生ぐらいの子が何か釣り上げた。かなり大きいようだ。思わず駆け寄ると一五センチはある。緑がかった見たことのない魚である。
「なんて魚?」「たかべ」と男の子は尻尾をもって持ち上げて見せた。隣で釣糸を垂れていたお母さんが「この辺じゃ、そう呼んでるけど……」と付け加えた。方言かもしれない。
「へぇ、君は腕がいいんだねぇ」夫も見に来た。その子はわざわざ横の止め金をはずして蓋を開け中を見せてくれた。大きさも、種類もいろいろだが二、三十尾はいる。「夕飯のおかずになるじゃない」私は冗談のつもりでいうと「そのつもりですよ。たかべってとてもおいしいんですよ」と母親は話しながらせっせと沖アミの餌をつけては、海へ投げ入れる。
 海水は驚くほど透明で、かなり深い所まで見ることができる。「こらっ、ボラの子どけっ!」男の子は、船着場にも群がっていたボラの子の群れを避けて、その下の少し深い所にくる魚が狙いらしい。魚釣りの面白さは魚と人間の駆け引きにあるようだ。
 まだ幼稚園児だという弟は、餌も自分では付けられずお母さんに「付けてぇ」と甘えているのに、いざとなると「は!」と掛声かけてダイナミックに遠くへ投げ入れる。獲物の数は少ないが大物釣りで、おにいちゃんは数は多いが小魚が多いのも面白い。
 鮮やかなコバルト色の一団がやってきた。「わぁきれい、まるで水族館だね」というと、お母さんは「あの御座岬の下には、まるで熱帯魚みたいな魚がたくさんいますよ」という。「先端の造船資料館まで行ったから近くまで行ったのに海の中は見なかったわ」と残念がると「私もこの土地の生まれじゃないから、初めは珍しくて」。彼女は県西部の町から嫁いできたという。夏休みにアルバイトに来たのが縁だそうだ。
 彼女の話によると、この美しい魚は釣り上げると黒く変色してしまうという。「こんな美しい魚は遠くから見ているのがいいので、本当に手にするもんじゃない」と実感を込めて言った。
「若い日の暑い夏が、今日につながっているんだ……。きらきらしてたのねぇ、この海は」「あはは……。いま魚釣っておかず稼いでる」と笑わせる。「夏は少し賑わうけど、普段は寂しい所よ。ダンナがやさしいし、私のんきだから……」と言葉を濁した。この村は昔から遠洋漁業の盛んな土地だから、ご主人は遠洋漁業の船員かも知れないと思ったが、なぜか聞くのはためらわれた。
 私は邪魔をしてはと遠慮しているのにお母さんはどこから来たの、船は速くなったでしょうと次々話しかけてきて、ほとんど釣っていない。でもその間も、下の子に餌を付けてやっている。夫は上の子にくっついて他人の釣りを楽しんでいる。そのうちに海岸通りを横切ってどこからかアイスクリームを買ってきてみんなに振る舞った。夫にしては珍しいことだ。
「来年、下の子が小学校に入ったら、私も何か勉強したいと思ってるんです」と、立って見ていた私を見上げて言った。「それはいいわ、自分に何かあれば、自信を持って生きられるし、いざという時自立出来れば精神的にも安定していられると思うわ」私もいつの間にか並んで座って話しこみ心を開いていた。私もお二人のような年になったら、二人で気楽なぶらり旅がしたいとも言った。私は二人で鼻突き合わせた年金暮らしも、いいことばかりじゃないよと言おうとしたが、言葉を呑み込んだ。
 夫の長い留守は『ひとり寝の子守歌』より分かってくれる話し相手がほしいのかもしれない。昔から漁村には、新参者の入り込めないところもあるのだろう。
 白い船が岬を回って入ってきた。あっという間の一時間だった。通りすがりだからこそ共有できた時間かもしれない。自分がリラックスして心を開けば、相手も応えてくれるものだと思った。乗船した私たちは、岸壁に立つお母さんと二人の男の子に、何度も手を振って別れを惜しんだ。

《終》


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posted by maruzoh at 08:39| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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