やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年08月02日

【エッセイ】ボケら連


【エッセイ】ボケら連 


 公民館の駐車場に車を停めると「きょうはこの部屋よ」と上から声がする。見上げると二階の和室の窓から会員のIさんが手を振っている。まるで若者のように横振りに大きく手を振って応えながら、もうここからはすっかり日常を脱ぎ捨てて身軽な自分になってしまう。
 今日はおばさん文章教室の例会の日である。旧盆明けの猛暑の中、もう七人も来ていた。五十代が少し、あとは六十代である。月二回の集まりだが出欠は自由。月一回出している「文筺(ふみかご)」という冊子のまとめをしている中に自然に私も合流する。今月号が四十七号になる。私は参加してまだ日が浅いので最初のころの苦労は知らないが十ページとはいえ月一回、原稿を書き、編集して、印刷する。主立つ人たちの情熱と奉仕あってこそだが、熟年女のパワーはすごい。
 その日、作品を持ってきた人は、事務室で一枚十円で人数分だけコピーしてくる。発行は七十部。本人と知人にあげたい人はその分、他の会との交換、後は公民館と図書館へ置く。図書館へは近くに住む私が持って行くが、一週間ぐらいして見に行くとたいてい無くなっている。
「さあ始めますか、今日は何人?」それぞれが手を上げる。見ると忙しいの、暑いのといいながら全員が作品を持ってきた。「じゃ、くじ回してください」おなじみの袋が回ってくる。ボール紙を切ったものを一本ずつ引くと中に数字が書いてある。「午後用事があって午前中で帰らなけりゃならないんだけど……」七番を引き当ててしまったTさんが思案顔。「じゃ一番と交換してあげる」と難なく収まりがつく。
 一番の人から自作の作品を朗読する。他の人はコピーを見ながら気になる所に赤をいれていく。これを共同助言といっている。しかし中身はかなりいい加減でお喋りのタネを作っているだけのこともある。いつの間にか脱線して芋の煮方や漬物の話になってしまったりする。オチは大抵、嫁姑の話か、親の介護の話になる。
 五人が終わって十二時になった。「このごろスムースに進むねぇ」と全員一致で自画自賛。お昼は机をくっつけて各自持参のおにぎり。昨夜の残りの天ぷらあり、かぼちゃの煮付けあり、ラッキョウあり、デザートまで揃う。
 一時になると午後の部である。かなりルーズな会なのに基本的には真面目で前向きなのがこの会の特徴でもある。午後一は私と並んだMさんから。Mさんは電車に一時間半も乗って沼津市から出てくる。十時から四時までだから一日仕事である。「何時に家出るの?」「七時のバスで駅まで来たの」六十七歳のMさんをここまで引き付けるのは何か──。
 昨年の五月、Mさんは最愛の夫を突然失った。しばらく休みだったが、夫の急死の文章を持って始めて出てきた時のことである。読み出してすぐ泣き出してしまい誰かが代わって読んだことがあった。私はその日、向かい合って座っていて彼女が噛みしめるように、自分の文章を聞いていたのを覚えている。片腕を突然もぎ取られたような喪失感と心の傷みが重く伝わってきた。読み終わった時、Mさんの顔は意外とさっぱりしていた。若い頃、小学校の先生をしていたMさんが皆の前で手放しで泣いてしまい張りつめていた気持ちが一度に放出された。皆と一緒に現実を再確認し自分を納得させたのだろう。
 次の作品はがらりと変わって子供の頃の日常を童話的に書いたものだった。しばらく思い出中心のやさしい作品が続いた。そして今月号に載っている「新盆を迎える」である。ここではもう現実をしっかり見据えながら、夫を思い出の中にいれて、自分の足でしっかり立っているMさんが伺える。今日持ってきたのが「私の夢」。高齢者社会を一人で生きて行くための仲間づくりが必要だと書いている。あの時のMさんにとってこの会は癒しの場でもあったのではないだろうか。文を書き、声を出して読み、他人に真剣に聞いてもらうことで相談者とセラピーの両方を自分でやってしまい、不安定になりやすい精神を安定させ、勇気づけてきたのだ。
 書き方は十人十色でいい。文はやはりその人そのものだと思う。こうして自分とは何か探し続けながらその途中で力尽きて死ぬのが人間だし、そうできるのが人間として理想の生き方のような気がする。
 暑い中、忙しい中、一銭にもならない文章を持って遠くから集まってくるおばさんたち、目的はそれぞれでいいじゃないか。自分が元気でいられれば人にもやさしくなれるから──。
 一番恐れているボケにもならないだろう。ボケてなんていられんと、私は密かにこの会を「ボケら連」と名付けている。来年の町の夏祭りに揃いの半被で「ボケら連」を組んで踊ってみるか──これはちょっと飛躍し過ぎかな──。

《終》


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posted by maruzoh at 08:19| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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