俺様とマリア volume.82 崩れ落ちたウェアウルフ
グワラガッシャアアアァアアァァァァァン
ある意味、俺様は半分後悔していた。
いくら相手がヒトを超えた存在「人狼」ウェアウルフだとは言え、この新宿のリングでここまで危険な技をかける必然があったんだろうかと――-
しかし俺様は、こうも考えた。ひょっとしたらこの一線を越える感覚ってのは、ここでジ・エンドとしなければ、こいつは倒せないという恐怖心、いや、こいつなら大丈夫という相手へのリスペクトこそが生み出したものだったのかもしれないと。これがかの四天王プロレスの感覚なのかもしれない。
モトゴクに放ったオリジナルSSDは、奴の頭頂部が超合金ニューZ仕様だったこともあり、大きくバウンドしてこの硬いマットに洗面器大のクレーター状の穴を現出させちまったが、このゴッチ式SSDは、相手の体を完璧に、しかも縦方向にホールドしている為バウンドすらも許させず、衝撃のすべてをまさに突き刺すように、頭部の一点に集中させている。こんな技をまともに喰らって立ち上がる奴など、誰一人としていようはずがない。この手応えは俺様にそう確信させるに余りある衝撃(インパクト)だった。
雛壇に設(しつら)えられた豪華なソファの観客たちは、1人の例外も無くその眼をカッと見開き、ソファから飛び出しちまいそうな中腰のまま、リング中央に屹立するオブジェにも似た俺様たちを前のめりで凝視し続けている。
そしてそれは、奴らの無防備に開け放した口腔の更に奥の奥、そう、各々の腹の底から、驚異とも畏怖とも、はたまた神聖とも形容し難い何かが、ふつふつと湧き上がってくるのを抑えきれないかのようにも見えた。暫しの静寂の後、やがてそれは各々の体の中で更に濃縮され、滾(たぎ)り、逆流し、絶叫となって奔馬の如く迸(ほとばし)った。
うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ
会場全体が沸騰した。何処にぶつけて良いのか判らない猛々しい野生の思いが反響しあっている。ところがその実、喉も裂けよとばかりに叫び続ける誰もが、自分が何故叫んでいるのかを理解できていなかった。少なくともこの叫びが死闘の末の勝敗に対する賞賛でないことを、この場にいる誰もが知っていた。なぜなら、この咆哮はたった1つの新必殺技の誕生に捧げられていたからだ。これまでの2人の神々の領域の死闘を、いや、この一夜、トーナメントそのものすらを凌駕してしまう程の圧倒的な存在感が超必殺技「ゴッチ式SSD」にあることを、誰もが本能で感じ取っているのだ。
既にゴングは必要なかった。誰もがあの瞬間に、既に勝敗を知っているからだ。俺様が解いた両腕のクラッチから音もなく崩れ落ちたウェアウルフはぴくりとも動かない。その表情は子どものように穏やかで、俺様には奴がまるで遊び疲れて眠っているようにも見えた。
観衆の絶叫は、やがて歓声と拍手、重低音ストンピングに代わった。鉄格子越しに呆然とウェアウルフを見つめるリンダを尻目に、俺様のマリアが神龍にエスコートされて本部席からの階段をゆっくりと降りてくるのが見える。
(嗚呼、マリア、この日をどれだけ待ち焦がれたものか。
やっとだ、やっとこの手でお前を抱きしめることができるよ。
嗚呼、マリア、マリア、マリア・・・)
カクテルライトに照らされたマリアが鉄格子の扉からリングサイド、つまりこちら側の世界に歩を進める。階段を上ったマリアがエプロンに立って、俺様とマリアの間を遮るものはもう3本のロープの他には何もなくなった。神龍がマリアの為にロープに腰掛けるお馴染みのポーズで、トップロープとセカンドロープの間を押し広げた。頭を屈めたマリアに俺様はドキドキしながら右手を差し出したんだけれど、その手が返り血で薄汚れちまっているのに気がついた俺様は、慌ててゴシゴシとジーンズのケツでそれを拭った。
「E坊ぉっ」「マリアァァァ」
再び差し出した俺様の手とマリアの白い小さな手が触れようとした、その瞬間だった。ガリっというマイクのノイズの後、あの例のけたたましいお嬢様の声が響き渡った。
「じょ、冗談じゃないよ。
アタシは、こんなの認めやしないからね。
ああそうだとも、認めるもんか、こんなインチキ試合。
主催者の神龍とツルんでるEノイズが優勝だって?
はははは、笑わせないで頂戴。
こんなプロレス野郎の八百長なんか、アタシは絶対認めないからね」
簡単には引っ込むと思わなかったが、そう来たか、リンダ。
【To be continued.】
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