やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
   maruzoh live.jpg

名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年07月01日

【エッセイ】忘れられない日


【エッセイ】忘れられない日


 通いなれた山間の坂道を、喘ぎ喘ぎバスが上り詰めると、いつもの所に彼女は立っていた。「あっ、いるいる」ほっとした。
 「頑張ろうね」乗り込んだ彼女に小声で言うと「今日こそはねぇ」と頷いた。
 彼女と私は二日前、名字だけ覚えただけの自動車教習所の中年同士の戦友だ。そして二日前の卒業検定で仲良く落っこちて今日再度の挑戦なのだ。
 七月半ばになって、夏休み中に運転免許を取ってしまおうという大学生で教習所の中はムンムン。私たちおばさんは肩身の狭い思いで、いつも隅で固まってしまう。
 卒業検定は道路の状態によって運がかなりある。今日の私はついていた。夏休みに入った小学生が車道にはみ出して歩いていたのと、おばあさんの集団が車道で立ち話をしていたほかは、判断に困るような場面にも合わず、全コースを無事走り抜けることができた。危険行為があるとその場で検定中止、助手席に乗せられてご帰還となる。今日の四十人位の受験者のうち、私は番号が早い方でまだ三分の一も進まないのにもう三人帰ってきてしまった。
 ここは山梨県の南部町という山間の小さな町にある自動車教習所で、県境を越えて他県の私たちや、都会の大学生が合宿して免許を取りにくるので他所の人間がほとんどだ。この美しい山々とも今日でお別れかなと思うと、嬉しいような、ちょっと寂しいような……。自分で気のつかないミスがどれくらいあったか、七十点が合格点だからとコースを思い返してみる。
 「キキッー」急ブレーキの音がした。「何かあったの?」振り返ると、車から出てきたのは朝のバスから一緒だったSさんだった。彼女は若い子ばかりの中を駆け抜けて私の所へ飛んできた。出発点を出て、一時停止して右良し!左良し!で一般道路へ出るのに、アクセルとブレーキを踏み違えて一時停止のつもりが左右の確認しないまま出てしまい、運悪く対向車が来てブレーキを踏まれてしまったという。出発点から四メートルも走っていないで検定中止。
 「お笑い種ね」と彼女は泣きそうな顔をした。私は「これをいい経験として、次頑張ればいいよ」と励まされて余計落ち込んだ前回のことを思うと、「残念だったね」としか言えなかった。
 発表の時間が来て私たちは三階に集まった。中止だから彼女は分かっているはずなのに後からゆっくり上ってきた。何を手間取っているのか集めておいてなかなか発表にならない。しばらくして「発表します。合格した人は第一教室に集まってください。不合格の人は二時間補習して次の機会に受験してください」。一呼吸あってパッと番号板に電気がついた。
 「あったっ!」私の五番に緑の電気がついている。もう一度真下までいって確かめた。やはりついている。彼女は「よかったね」といってくれた。しかし、それは力なかった。私が落ちていたら、もう一度一緒に頑張るつもりで確かめにきたのだろうか。
 「私、少し休むよ。学生がいなくなるまで――」「気分を変えるのもいいかもね」これで三度目だという彼女はその方がいいような気がした。電気がついた瞬間、ウォーともワァーともつかない歓声を上げた若い雄叫びも意外だったが、ロビーで平気で煙草を吸っていた女の子が受かっても落ちても泣いてしまうのも意外だった。
 虫食いのようにポツポツ残った電気がつかなかった人を残して大勢は第一教室へ下りていく。「じゃあね」私は階段を下りながら彼女に少し素っ気なかったかなと反省した。
 卒業証書に記念のテレフォンカードをもらうと、もう送迎バスは出た後で夕方までない。電車にも一時間ある。ロビーに取り残された五人が誰いうともなくお昼を一緒ということになり、近くのラーメン屋に入った。
 免許を取ってから就職するという二十歳の女の子、水商売だなと思える赤い爪の人、ブティック経営できまっている服装の三十代の女性、そして専業主婦代表のような四十四歳の奥さんと私。ほとんどが今日初めて口を聞く仲なのに一緒に念願の卒検に合格したというだけで、十年の知己のように口角泡を飛ばしながら話に花を咲かせ、冷やし中華をすすっている。
 「今の女子大生って何考えてんだろうねぇ、教習所へミニスカート穿いてくるからね」と爪の赤いおねえさんが吐き出すように言った。
 短かったようにも、長い挑戦だったようにも思える日々だった。確かにここは今の自分の力だけしか通用しない特殊な世界だった。隣町で八年間助役をやっていたという人が、教習員の口の利き方が悪いと所長に文句を言っていたが、それを見ている人も賛否両論だった。
 最後に検定員のワンポイントアドバイスで「今日は上手く走れたね」といわれた一言が忘れられない。

《終》


※本サイトの作品は、にほんブログ村「現代小説」ランキング、人気ブログランキング「現代小説」に参加しています。宜しければ、クリックお願い致します。

 人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ



posted by maruzoh at 07:21| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

検索
 

title.gif
maruzohは、アートビリティ作家さんを、応援します!

●ご連絡先● 〒165−0023 東京都中野区江原町2−6−7
社会福祉法人東京コロニー アートビリティ事務局内
TEL 03−5988−7155/FAX 03−3953−9461
●営業時間● 平日 9:00〜17:20 / 土・日・祝日 休業日