やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年05月06日

【エッセイ】天子ヶ岳


【エッセイ】天子ヶ岳 


 「曇り一時雨」という天気予報だったのに一夜明けると青空に富士山がくっきり全容をみせている。「当たらないのが天気予報よ」とばかり私たち夫婦は予定通り伝説の山天子ヶ岳へ出発した。
 見慣れた田貫湖を左に見ながら、緩い尾根から登り始めた。若いころから身体を動かすことは大の苦手同士の夫婦が、ひょんなことから山梨県の夜叉神に立って、その展望の素晴らしさに魅せられたのがきっかけだった。
 気持ちのいい上り坂でひと汗かいたころベンチがあった。何十年も見慣れた富士山もこう真正面から対峙すると改めてその美しさに感動する。飛行機雲が一本富士山の左肩をかすめて伸びている。やっぱり天気は崩れるのかな、一抹の不安がよぎる。私たちの足が軽かったのはこの辺りまでで、登山というよりハイクだと書いてあったガイドブックが恨めしい。 
 登りに次ぐ登りで、滑らないように足元を見るのがやっと、景色を眺めるどころではない。その上、眼下に広がっているはずの朝霧高原も、反対側に見えるべき南アルプスの稜線もいつの間にか灰色のカーテンで隠されてしまった。思ったよりきついコースなのか、私たちの体力がもう付いてゆかないのか。十分歩いて五分休み、見上げる燃えるような紅葉もこうなってはただの赤い木でしかない。これでもかと思った急坂を登り切ると、急に人声がした。そこが天子ヶ岳の手前の長者ヶ岳の山頂だった。一三三六メートル、ガイドブックより少し時間オーバーした。
 頂上には掲示板とベンチがあって、二つのベンチは満員だった。正午近いのでここで情報交換をしながら昼食にした。反対側から登って来た短大生らしい女の子の三人組が決まったファッションで加わって、山頂の空気は急に華やいだ。ここで知り合った者同士、和やかに笑い合っているうちに霧が出てきた。まるでドライアイスの煙のように這い上がってきて、あっという間に視界は五メートルぐらいになってしまった。文字通り五里夢中の中で一斉に無口になってしまったのは同じ不安に襲われたからであろう。
 霧はすぐ晴れた。時間にしたら大した時間ではなかったが、頭の中をいろいろのことがよぎった。下から見たらここはただの雲に見えて、ここにいる十人ぐらいは何もいないのと同じだとか、霧が流れて──という流行歌があったなとか、遭難という活字とかが浮かんでは消えた。霧が切れると何事もなかったように田貫湖が箱庭のように小さく見えた。
 天気は予報どおり下り坂らしいので先を急いだ。軽快に下り坂を下りたのも束の間、東海自然歩道の分起点、鞍部を過ぎると天子ヶ岳の山頂まで、きつい上り坂の連続だ。カメラをむけられて振り向くのもままならない足場の悪さ。岩と岩の間をよじ登るという感じの所が何ヶ所かあった。
 少し長細い釣鐘を伏せたような特徴のあるお目当ての天子ヶ岳山頂にやっと辿り着いた。この山に自生するヨウラクツツジを折ると雨が降ると昔からいわれている。日照りが続くと村人はつつじを折って山頂で雨乞いをしたと伝えられ、この地方に住む者には懐かしい山だ。近くに湖もあり雨の降り易い地形なのかもしれない。
 天子ヶ岳一三三〇メートルの標識の前で、五人家族が焚き火を囲んでの昼食が終わったところだった。「やっと着いた!」。子どものようにはしゃいでいる私たちへ人の良さそうなお父さんが「撮ってあげますよ」と声をかけてくれた。その時また霧がさっと立ちこめた。その時のVサインのポーズはついにポアンとした白だけで何も写っていない。
 今度の霧はなかなか晴れない。辺りはにわかに夕方のように暗くなって、焚き火の残り火が赤く見えると急に心細くなってきた。休まずに下ろうと、山頂に続く小さな広場にある祠にちょっと頭を下げ、下り口を捜すがなかなか霧でわからない。いくつもあるように思えるし、歩き出すとすぐ行き止まりになってしまう。頭の中まで真っ白になってしまった。夫も無口になってしまった。その時霧の中にカン高い子どもの声がした。先刻の親子のところへとって返すと、慣れているのか大して慌てるふうもなく、火を消して出発する所だった。「下り口までついてってやんな」とお父さんがいう。小学生らしいお姉ちゃんと弟が先に立ってすぐ下り口は見つかった。「ありがとうね」「ボクら山のプロだもん!」下の男の子が胸を張った。「おばさんら気をつけて帰えんなよ」。中年夫婦は余程オタオタしていたらしい。
 下り出して五分もしないうちに霧は晴れた。東海自然歩道を外れた帰り道はひどく荒れていて三時間弱の道のりが永遠に続くのではないかとさえ思われた。立石という下山口から車に乗って遠ざかる山頂を見ながら先刻まであそこにいたのがうそのようだった。山は人の心まで見抜く、侮ってはならないと思った。

《終》


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posted by maruzoh at 05:58| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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