【エッセイ】祭りの裏方
家の近くにある区の公会堂で、週一回ヨガ教室がある。教えるのも、教わるのも町内の顔見知りの同年輩ばかりだ。
「じゃあ、時間だから、ぼつぼつ始めようか」
先生のOさんが声をかける頃
「遅くなりました──」
と、いつもきまって駆け込んでくるのがSさんである。
一時間みっちり、普段余り使わない筋肉を意識して動かすと、体重が五キロくらい減ったような気がする。Sさんとは、お互いウマが合うというのか、短い帰り道でも話をする。
「忙しそうね」
「ああ、いつも遅く来るから? ほら私のんびり屋だから、忘れちゃうのよ」
と、けろりと笑っている。せっかちの私には、歯痒いほどのんきな、おっとり奥さんに見えた。
昨年、彼女のご主人が定年退職したので、四月の年度替りから町内会長が廻ってきた。この街では、浅間大社の春と秋のお祭りは大イベントである。特に、各町内から山車や手踊りが出る秋の大祭はたいへんだ。
輪番制の班長が廻ってきただけの私でも苦になっているのに、町内会長の奥さんのSさんが思いやられた。というのも祭りの世話役や囃子方や踊り手の食事の仕度が、奥さんたちの仕事だからである。
当日、太鼓の音にせかされて、自分の庖丁を持って八時に会所に行くと
「ご苦労様です!」
と、声を掛けられた。見るとSさんである。もうとっくに来て下拵えをしていた。エプロンとお揃いの三角巾をきりりと被り、メモを片手にとび廻っている。
初日のメニューは、カレーとお握りとそば、うどん。カレーも百五十人分なので、五右衛門風呂のような大鍋で作る。
昼食の目安もついて、一休みしていると、Sさんは
「うちの嫁です、よろしくね」
この八月に結婚したばかりの長男の嫁を連れてきて、友人だと紹介してくれた。この機会に、町内の人への顔合わせをかねて手伝いを頼んだという。好感のもてる女性で、上手くいくだろうと思った。二日間の手伝いで私は疲れ果てた。
祭りの片付けも終わって次のヨガの日、彼女と会うのが楽しみだった。なかなか現れない。一時半から始まるのに
「遅くなってごめんなさーい」
と、駆け込んできた。マイペースである。
江戸時代から、人の噂はうなぎの蒲焼よりうめえ≠ニいうそうだが、この人もこの手の世間話に辟易して避けていたのかもしれない。だれそれの病気はがんらしいよとか、どこの人が不倫してるだってよとか、先生がさあ始めましょうと言ってもやめない人もいる。
最近聞いた話では、Sさんは長い間、姑の看護をしていたという。そんな素振りを見せないのだ。人間はへんに力まず、合格点すれすれに低空飛行している方が、いざという時、百点満点に近い力≠ェ出るのかもしれない。
《終》
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