やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年02月13日

【エッセイ】知床の帽子


【エッセイ】知床の帽子


 隣町のはずれに三方を山に囲まれた小さな村落がある。その中央を流れる稲子川のほとりに温泉が出た。バブルのころの〞ふるさと創生≠フ一億円が掘り出したものである。 
 町は直営の温水プール付きの温泉施設を造ったがすぐ赤字になり、今は第三セクターになっている。
 平家の落人伝説もあり、いかにも隠れ里という風情で平惟盛の墓が、小高い畑の中にある。なかなか美しい石塔だが、惟盛の墓は紀州にもいくつもあるということだ。交通の便がよくないのが難だった。
 誘ってくれる人があって、他人の車に便乗して、月二回くらいプールに行くようになった。午前中プールで泳いだり、水中ウォーキング。午後は近くを散策したり、歌を歌う。ここにはカラオケはないし、メーンの温泉にも申しわけ程度しか入らない。こんな何でもないことが実に楽しい。いつの間に力いっぱい身体を動かしたり、大声で歌うのをしなくなったのに気がついた。
 その日も小さな池の前の東屋で、気の合うSさんと歌を歌っていた。Sさんは何かの合唱グループにも入っていて美声である。しかし七十五歳のSさんと六十九歳の私のデュエットは、歌詞を思い出せなくて尻切れトンボに終わることが多かった。
「今日はね、本持ってきたのよ」
 Sさんは『日本の叙情歌』という本持参だ。知っている歌を次から次へと歌って入った。東屋は駐車場から温泉の建物の入り口までの通路に面しているので、時々人が通るがそんなことにはお構いなしである。笑いながら通り過ぎる人がほとんどで、小さな子ども連れにはこちらから
「バイ、バーイ」
「またおいでねー」
 などと声を掛ける。長年の良妻賢母の裃を脱いだ二人は、ちょっとハイになっていた。
「知床旅情もう一回歌わない?」
 Sさんの十八番らしい。その時もう帰りらしく駐車場へ向って通りかかった男の人が立ち止まった。私は少し戸惑ったがそのまま歌い続けた。Sさんはともかく、私はとても大人の鑑賞に耐える代物ではない。早く行ってくれないかなと思っていた。Sさんは得意気に歌い続けている。
  別れの日はきた知床の村にも
  君は出て行く峠を越えて
  忘れちゃいやだよ気まぐれカラスさん
  わたしを泣かすな白いかもめよ
「あのーここに座らせてもらっていいですか」
 いいにくそうに角の方を指した。見れば七十前後の物静かな人だし、こちらはおばさん二人なので
「どうぞ、どうぞ」
 と変な成り行きになってしまった。
「この歌には思い出がありましてねぇ。もう一度聞かせてくれませんか」
「じゃあ、ご一緒にならー」
 と言ったが結局その人は黙って聞いていた。
「女房と行った北海道旅行で、バスガイドさんが歌ってくれましてね。そのあと、歌唱指導までしてくれてみんなで歌いました。私は初めて女房が大声で歌うのを聞きました」
「今日はお一人で?」
「あゝ、女房は二年前に六十四歳で死にました。癌でしたがその前三、四年入退院をくりかえしてましたから」
 わたしたちは急にしゅんとしてしまった。
「お楽しみのところすみませんでした。わたしら結婚式も挙げてなかったし、あの旅も最初で最後の旅になってしまいました。出不精でいつも留守番させちゃったけど、あんなに喜んでいたんだから本当は行きたかったのかなあと思ったりして」
 子どもたちが自立して一人暮らしになってから、時々好きな山歩きをしてこちらに来ると、ここで汗を流して清水まで帰るのだという。
「三人の子を育て、社会人にしてこれからという時に発病したんです」
 男の人はていねいにお礼を言って立ち上がった。白い車が駐車場を出て行くのが見えた。やがて点在する民家の陰に消えた。
 この辺りで一番遅く日が出て、一番早く日が沈むという太陽がもう山の上の雲を茜に染めていた。
「あっ、あの人の帽子」
 律義に帽子を脱いで喋っていたのだ。大分かぶり続けたデニムの帽子だった。時々ここに来るらしいからと、フロントに預けて帰った。次に行った時
「帽子、取りにきました?」
 と聞くとこないという。その帽子はビニールの袋に入れられていた。白いメモ用紙がセロテープで貼り付けられ忘れ物の棚の上に載っていた。

《終》


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posted by maruzoh at 07:59| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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