やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年02月02日

【エッセイ】駆け足フルムーン


【エッセイ】駆け足フルムーン


 静岡駅から、朝の八時二十五分発岡山行きのひかり103号に乗り込んだ。フルムーン切符なので、日頃の私たちには不釣り合いの、二階のグリーン指定席である。気持ちのいい座席に体を埋めると、四泊五日の旅の始まりに思わずにんまりしてしまう。
 予定通り、十一時三十一分に岡山に到着。倉敷美観地区を歩いた。倉敷川の掘り割りのある一帯は京都の太秦にある映画村にいるような錯覚を起こすほど、天領であった江戸時代の面影を残している。水面には秋風にゆれる柳や白壁の土蔵を映し、小舟がつながれていた。
 今回の旅の第一の目的瀬戸大橋は、開通後五年めとあって、テレビや写真ですっかり見慣れてしまったせいか初めてという気がしない。しかし、余島の展望台からみた景観は息をのむ素晴らしさだった。静岡から三時間ちょっとで岡山に着く新幹線や、海にまで橋をかけてしまう人間の力に改めて瞠目した。
 第一夜は高松泊まり。ホテルなので夜は街に出てみた。四国第二番めの都会らしく、全天候型というのか、高い天井のついた明るい商店街が続いていた。マンホールの蓋には、源平の屋島の戦いでの弓矢の名手、那須与一がデザインされていたのが印象に残った。
 二日めは予讃線で松山に出た。松山は人口四十三万人、四国一の都会だ。車窓からみたみかん山と海にはさまれた風景は、わが静岡県の由比・興津辺りと似ている。観光の中心は松山城だ。餞ケ岳七本槍で名高い加藤喜明が二十六年かけて築城した。次が蒲生忠知、そして、松平十五万石が代々継いで明治を迎えた。城は市街地中心の、一三二メートルの勝山山頂にあり、天守閣から見下ろすと、東は石鎚連峰、西は瀬戸内海、眼下には城下町が絵のように広がっている。この中から夏目漱石の『坊ちゃん』が生まれ、正岡子規や、高浜虚子が生まれたのかと思った。
 その日の宿、道後温泉に行くのに市内電車に乗った。町の人たちの利用も多く、どこまで乗っても百五十円というのも嬉しかった。一度は浸かってみたいと思っていた三千年の歴史があるという道後温泉に手足を伸ばすと、俳句のひとつもひねってみたくなる。
 三日めは松山観光港から、水中翼船で一気に広島へ。時速六十キロという車なみの速さで、小さな閉め切った窓にしぶきがかかり外もよく見えず期待はずれだった。午後は広島から尾道へ戻り、文学のこみちや千光寺をゆっくり味わいながら歩いた。
 その夜は広島に住む妹を五年ぶりに訪ね、積もる話に花が咲いた。甘えん坊だった一回り年下の末っ子の妹が、三児の母としてこんな遠い土地にしっかり根付いているのに感動した。翌日は出勤する妹の夫の車に便乗して広島駅から小郡を経て津和野へ下車。山陰と小京都といわれる町には、貸自転車屋があちこちにある。ここの観光は自転車で十分回れるのだろう。私たちは文豪であり、医学博士でありながら「石見人 森林太郎として死せんと欲す」と遺言した森鷗外の墓を永明寺に訪ねた。森鷗外がそのために後年故郷へ帰らなかったともいわれる明治初年の切支丹殉教の歴史が胸をいたくし、本を一冊求めた。
 出雲大社ではこの旅初めて雨に降られ、二人の息子も結婚したことだし、もういいやと駆け足で通り過ぎ、その日の宿、古湯の玉造温泉に着いた。旅の途中で気づいたのだが、その日は私たちの三十四回めの結婚記念日だった。旅館の料理で乾杯した。旅も結婚生活もちょっと似ている。
 最後の日は松江。ここもメインは松江城である。関ヶ原で戦功のあった堀尾吉晴が築城。次の城主の京極忠高は子供がなく一代。のち大坂冬の陣で真田幸村とわたりあったという松平直政(家康の孫)から十代定安で明治を迎えるまで続いた名城である。
 城の地下には籠城に備えて、米や味噌の倉・水の枯れない二十四メートルの深い井戸があった。いざというとき、取り外しのできる桐の階段、石垣を登ってくる敵に石を落とす石落しなど、実戦用に作られていながら、一度も使われなかったという幸せな城である。松山城もそうだったがそのかわりに、現代になって観光の目玉として大いにその責任をはたしている。
 松江は宍道湖の夕日、城下の武家屋敷、小泉八雲の旧跡など、町にしっとりとした上品な潤いを与えていた。そして、最後は観光客相手の賑やかな本場の安来節を覗いて締めくくり、岡山に出て新幹線ひかりで帰途についた。
 慌ただしい四泊五日の駆け足フルムーンであったが、五十代の私たちには、これくらいがちょうどいい。温泉でのんびりするだけの旅は、六十、七十のフルムーンまで取って置こう。

《おわり》



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posted by maruzoh at 09:11| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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