やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年01月30日

【エッセイ】奈良田


【エッセイ】奈良田 


 身延駅から一時間五十分、終点奈良田でバスを降りたのは私たち夫婦二人だけだった。椎茸のほだ木に、ドリルで穴をあけては、三人の男の子たちに、菌の付いた木片を打ち込ませているのは、子どもたちのおじいさんだろうか。
「南アルプスはどっちでしょう?」
 ドリルの手を休めて、あごで目の前に立ちはだかるような山を指して
「向こっかわだけんど、ここからじゃみえねえょ」
「どこまで行けば見えます?」
「この先をいった丸山林道に入って、二回折れる辺りまで行けば見える」
「どうも……行って見ます」
 春には珍しくすっきり晴れた空に、突然前方の山から飛行機雲が白い線を描き出した。どんどん伸びたその先は、すぐ後方の山に断ち切られた。擂り鉢の底のようなこの集落から見上げる空は、小さな池か、水溜りのようにみえる。ここではお日様も他より遅く昇り、他より早く沈むに違いない。山に沿って一種の息詰まるような圧迫感を抱きながら歩いてゆくと、奈良田という地名とが同じ楢山節考の舞台は、この集落ではないだろうかとさえ思った。
 丸山林道への入り口はすぐ分かったが、通行止めの横棒が出ていた。車両じゃないからとすり抜けてかなり急な坂道を登り出した。山はなかなか見えてこない。目の前にどかっと居座っているのは、どうみても南アルプスではあるまい。しばらく進むと、自分たちの足音のほかにカサカサと枯れ葉を転がすような音がするのに気が付いた。立ち止まって耳を澄ますとやがてトントンと乾いた音になって止まる。落石だ。それは岩が少しずつ剥がれるような風化の仕方だ。山全体が風化しつつあるような気がした。
 九十九折の道をさらに登ると、雑木林からまだうまく鳴けないうぐいすが、チチチ、チチと鳴いている。待望の山が少し見え出した。前方の緑の山とは格別といわんばかりに、青色に雪が眩しい。見下ろすと奈良田湖の前に集落がへばりつくように並んでいる。コンコンという音は子どもたちがほだ木に木片を埋め込んでいる音だろう。透き通った空気の中を山々にトシテカン高く響く。名も知らない鳥がすぐ近くで啼いた。振り向くと遠くで答えているようだ。耳を澄ますと近づいたり離れたり戯れている様子が手に取るように分かる。足許にまだ蕾のような蕗のとうを見付て、ハンカチに包んだ。
 ここまで来て南アルプスを見なくてはと、もう少し、もう少しと登ってきたかいあって、白銀に輝く峰の連なりが見えてきた。地図では登山口とあるのに、出し惜しみをするかのように、どこまで行っても、すっぽり姿を現さない。それどころか入り組んだ山は、突然見えはじめた全容をまた隠してしまったりする。落石はますますひどくなり舗装した道も足場が悪いほどになった。中には一抱えもある大石が転がっている。身の危険を感じて折り返す。話し声が落石を誘発してはいけないと夫も私も無言の行で黙々と歩く。
 見上げると山焼きの跡がある。今はお祭りの行事にでもなっているのだろうか。奈良田はわが国で最後まで焼畑農耕を続けていた所だと聞いていた。昭和二十八年、新倉から奈良田まで林道が開通して初めて集落に車が乗り入れた。三十年、バスが開通するまで、まったく閉ざされた山の民だったのだ。『甲斐国志』にも『奈良田村 一無高 戸四十六 口二百三十四 牛馬無之』とあり、武田信玄のころから田んぼが一枚もない。そのためこの集落だけは例外として免税とされていたという。
 詩人田中冬二は昭和十一年夏、この地を訪れ、『山郷』の詩を詠んだ。歌碑が建っていた。

 夕暮は雨となり雨にまじり、山焼
 の灰が降ってきた、父も母も兄も皆 
 山仕事に出かけて、、もう七日留守に
 は媼さまと幼いもの達だけ、すぐ前
 の渓の釣橋を渡った山を上り下り五里も
 奥、山の開墾小屋では雑木林を焼き
 まず蕎麦を播き、翌年には粟を次の
 年には豆をつくるのだ、さあっと俄
 に雨は強くなり暗くなった、ランプ
 を点した、ランプの灯は瞬いた

 冬二がうたつた奈良田の人々の暮らしは今はもうない。山の民は電源作業の労務者となったその時から変わった。町営の民俗資料館で、使いこんだ両手で煽る大団扇を見た時、山焼きを垣間見たような気がした。
 奈良田はいい温泉が出る。最近の秘湯ブームにあやかろうとしているのか、唯一の温泉つき旅館は増築中だった。本館より先に完成した総檜造りの湯船に身を沈めて、、手足を伸ばすと、小さな空を、電源開発でできた人口湖・奈良田湖が映していた。

《終》


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posted by maruzoh at 07:06| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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