やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2013年01月20日

【エッセイ】踏みはずしの記


【エッセイ】踏みはずしの記 


 午前十時に結婚式。午後二時に法事という気の重かった日曜日が終わった次の日曜日のことだった。仕事が重なって車を暫く動かしてないので、明日あたりドライブなんてどうかなと友人を誘った。幸い明日は空いているというので鼻歌まじりに階段を下りてきた。「あっ」と思った瞬間、踏み下ろした足の置き場がなかった。
 わずか一段踏みはずしただけなのに、無様にどさりと前に倒れた。膝が痛くてしばらく立ちあがれず、両手を前についたまま、放心したように座っていた。これが夢であってくれれば──と思った。天国から地獄とはこのことだ──などと、へんに客観的に突き放してみたりして痛みをこらえた。膝の痛みがやや引いたので恐る恐る足を動かしてみた。膝は曲がる。立ち上がってみる。真っ直ぐ立つだけなら痛くない。骨と靭帯は大丈夫だなとほっとする。しかし一歩足を踏み出したとたん右膝に激痛が走った。そして膝に力が入らず、へなへなと倒れ込んでしまいそうな不安にかられた。手放しでは一歩も歩けない、どうしよう。もう一度そろそろと座りこむと、三日前に見舞いにいった市立病院の長い長い廊下を思い出した。取りあえずスカーフを三角巾のように折って固定し冷やした。そして去年捻挫を経験した知人に電話してみた。「念のため医者にはいって確認しといた方が安心よ。私のときは家の中を歩くのに洋傘が便利だった」と教えてくれた。
 右の足をつくと、飛び上がるほど痛いのだが柄の長い洋傘をステッキのようにつくと、トイレと電話の所までは行くことが出来、最小限の家事ぐらいは出来そうなので落ち着いた。動かなければ痛くないので心の平静を取り戻し、『家庭医学大事典』を引っ張り出して参考にした。エンジに白い水玉の洋傘は場違いな所で大活躍。柄の曲がった所でゴミ箱を引き寄せたり逆さにして先の尖った方でテレビを消したり──。そのうち、狭い家にもなかなかいいこともあるじゃんなどと余裕がでたが、日が陰り出すと急に心細くなってしまった。
 夫の勤め先に電話して、帰りに膝用のサポーターを買ってきてもらいたいと頼んだ。元気印が取り得の私の声が、よほど情なかったのだろうか、サポーターの他に鯛とえびの刺身と揚げたてのコロッケを買ってきてくれた。一人ではスーパーにも入れない昭和一桁生まれの夫が、夕方の混みあう魚屋や惣菜屋にいってくれたのかとじーんとくるものがあった。結婚は、初めと終わりが一番おいしいというが子供たちが巣立ったいま、運命共同体として助け合わなければ、生き抜いていけないところまできているんだなと実感した。次の日曜日は夫と二人で、車で一週間分の買い物をした。
 四日め、薄紙をはがすように痛みも薄らいだような気がした。洋傘の使い方も要を得て、家の中を自由に動き回れる。子供の頃、運動会でやったムカデ競走の要領のような気がした。アドバイスに従って念のため一番近い整形外科へ行くことにした。少し予行演習をして大丈夫と思い洋傘は持たずゆっくり歩いていった。久しぶりの外出は冬の日光さえまぶしかった。
 午前中の整形外科の外来は老人ホームのロビーかと思う雰囲気だ。レントゲン撮影の結果、骨と靭帯には異常はなかった。しかし若くてハンサムな医者は小首をかしげて「こりゃ血が大分溜まってますねぇ」と事もなげにいう。「えっ?、こんなに?」。目の前に差し出された太い注射器に四分の三ぐらいドス黒い血が入っていた。右膝の右上が少し腫れているかなと思っていたのに、こんなに血が溜まっていたとは──。素人判断は本当に危険であり、変なガマンもがんばりも褒めたものではない。もし今日こなかったらどうなっていただろうとぞっとする。「これですっと楽になりますから、すっかり治ったと思って動き回ると、また溜まりますよ」と釘を刺された。
 先刻、すすっと通り抜けた待合室を足を引き摺りながら帰った。血をみてから急に怖くて足をしっかりつけなくなってしまった。ああ洋傘を持ってくればよかった。
 帰りは来た時の倍ぐらいの時間をかけて、他人の目も気にせずゆっくり帰った。人間は心と身体でできているが身体より心のウェートの方がはるかに大きいと思った。
 あれから今日で四日め、先生の言葉を固く守り、家の中にこもったきりの生活である。

《終》


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posted by maruzoh at 08:35| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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