やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年12月25日

【エッセイ】若い死


【エッセイ】若い死 


 新幹線が東京駅のホームを滑るように動き出すと、どっと疲れが出た。十月初めの空は雲一つなく悲しいほどに青かった。
 私が彼女に会ったのは結婚式と、旅行中に近くに来たからと家に立ち寄ってくれて二時間ほど話したこと、そして最後が今回の永遠の別れとなった。
 彼女は、夫の妹の長男の嫁である。夫は二人きりの兄妹であり、両親に早く先立たれて別々に育てられた。喧嘩しながら育った兄弟とは一味違い、思いやりも、気遣いも、互いが普通の兄弟より深いように思う。当日は、家の方もごった返すからと、向こうでホテルをとってくれ、私たち夫婦は通夜から出席した。
 通夜は、寺に付属する近代的な別館で午後六時から七時となっていた。忙しい都会の葬儀は勤め帰りに通夜だけで義理を果す人も多いようだ。私たちは親族として席に座った。少しはにかんだように微笑んだ斎壇中央の写真が美しかった。三十四歳の死はいかにも痛ましい。並んだ花輪の中に、大学の映画同好会のものと、8ミリ研究会というのがあった。私も映画大好き人間である。たった一度話した時、年の差を超えてフィーリングがあったのも頷けた。元気なうちにもっと話してみたかったと悔やまれた。
 喪主である甥は三十七歳。その横に三歳半になったばかりの男の子が大人の椅子に足をぶらぶらさせて座っていた。やがて父親と並んで横目でお父さんに倣って焼香した。私の前の空席に置かれた布製の手提げはすぐお手製と分かった。水色のチェックに大きなドラえもんが刺繍されている。
 十一月に発病し、一月に入院手術、三月にやっと退院した。一人息子が四月から年少組に入園するための道具入れに一針一針縫ったのだろう。その見事な出来栄えが彼女の人柄を偲ばせる。小さな吸い口のついた水筒とハンカチが覗いているその手提げを、この子は一生の宝物にするのだろうか。
 九月十六日再入院し、三十日にはもう亡くなっている。癌だった。若い人の癌は異常に増殖も早いらしい。薬剤師だった彼女は周りの人以上に自分の病気のことは分かっていただろうに、残酷なほどに悲しい現実だった。
 翌日の本葬には和光市に住む長男も参列するという。夫はお寺が分からないと困るからと駅まで迎えに出たが、逆に都内に通勤している長男が先についてしまい、夫を捜しに行く始末だった。
 近くの斎場が改装中で、二台のバスは細い道を四十分も走って他区の斎場へ行った。やっと着いた斎場は新しい三階建てのホテルのようだ。急にベルトコンベアーに乗せられたようで涙も乾いてしまった。
 まるで原子炉のような釜がずらっと並び、それぞれの遺影の前に読経や焼香が行われている。五、六人の所もあり、五十人以上がさんざめいている所もあり、それぞれのドラマがあるのだろうなあと思われた。
 遺体が炉の中に入ってしまうと、担当の職員の先導でエスカレーターを乗りついで施主の名前のある待合室に入った。
そこにはもうテーブルごとにビール・ジュース・つまみ等が用意されていて、あっという間に小宴会の光景になった。「まあ、まあ」などと注ぎ合っていると、一段高い台の上に飾られた写真を見た男の子が「なんでママの写真がここにあるの?」と言った。周りの会話が止まって一瞬空気が固くなった。「ま・ゆ・みって書いてある。なぜママの名前が書いてあるの?」。彼女は平仮名の名前だったのだ。私の隣に座っていた年配の女性が「もう字が読めるの、えらいね」と目頭を押さえた。向かいあって座っていた長男の目にみるみる涙が浮かんだ。私は子どものころを除いて彼の涙を初めて見た。「女房と同じ年なんだよ」と照れ隠しに言った。三人の自分の子が頭をよぎったに違いない。
 思ったより早い呼び出しがあって、私たちは一階の広いフロアーに集まった。角のテーブルに十個の骨壷が並んでいた。名前と年が書いてある。九十三、八十二歳とみな高齢で、三十代は彼女のもの一つだった。
 私はこの早すぎる死に急に向かいあって二日間で実にいろいろなことを考えさせられた。そして幼くして両親を失った夫も、彼女とは一度も会う機会のなかった長男も、同じ思いだったのではないだろうか。人間は死と間近に対することで、誰もが重厚な人間に変質していく。このことは死者が、後に生き残る者に与える賜物かもしれない。
 私は列車のリズムに揺れながら重い頭でそのようなことを考えていた。

《終》


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posted by maruzoh at 23:08| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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