やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年12月03日

【エッセイ】みちのく・縄文への旅


【エッセイ】みちのく・縄文への旅


 加山雄三夫妻が微笑むフルムーンのポスターに見送られて、JR身延線の西富士宮駅を朝の六時二十分に出発した。私たちはリュックにスニーカー姿で、気楽な四泊五日のみちのくへの旅立ちとなった。
 三島で新幹線に乗り換え、東京駅でサンドイッチとコーヒーで朝食をすませ、東北新幹線「こまち」に落ち着いて一息ついた。フルムーンのいいところはグリーン車が使えて疲れないこと。外の景色は抜けるような青い空、刈り入れたばかりの田んぼ、どこまでも続く山脈。
 昼近くになって盛岡で駅弁を買うと「秋田味づくし」と書いてある。洗濯物がまだ乾かないうちに長い日本列島を半分も来たことになる。
 初めて降りた秋田駅は分かり易い駅で、定期観光バスはもう半分ぐらいの乗客を乗せて待っていた。十三時四十分には秋田美人のガイドで男鹿半島めぐりに出発した。
 広々した大潟めぐり、ここが政府の肝いりで干拓され、日本中の話題になった所か。寒風山に登り、真山神社に着く頃には日はとっぷり暮れていた。ここで見たなまはげの実演は大人にも迫力十分だった。その日は男鹿温泉泊まり、広い露天風呂で日本海と降るような星を見ながら手足を伸ばした。宿の料理は山海の珍味だった。
 二日めは弘前城見学。ボランティアガイドに声を掛けられた。時間が少ないことを告げると「その電車に間に合わせましょう」と大手門かた。お礼もそこそこに頭ばかり下げてのってしまったのが心残りだった。気さくなおばさんガイドだった。
 その夜は青森のホテル泊まり。明日はいよいよこの旅のメイン三内丸山遺跡である。時間は半日空けてある。
 十月に入ったばかりなのに、街路樹のナナカマドは赤い実を華やかにつけて紅葉も少し始まっていた。三内丸山バス停で全員降りた。
 八甲田山の裾野の大地に広がるこの遺跡に立ってまず、明るい、広い、ダイナミックなのに圧倒された。これまで青森のイメージは暗い、寒い、さいはてという耐える演歌の世界だったからである。広い駐車場、資料室、体験室すべて無料というのも有り難い。ボランティアも多く親切である。ほとんどの人がグループになってボランティアガイドの説明を一通り聞いてから自由見学していた。
 ここは五千年前から約千五百年続いた縄文遺跡だという。新幹線の速さと比べてなんと悠久の時間であろう。縄文時代といえば、狩猟採取しながら移動生活をしていたという考えをまず変えねばならなかった。墓も大人と子どもに分けられ、子どもは土器に入れて住居の近くにまとめて埋められていた。独特の死生観を持つ精神生活があったと思われる。一番の驚きは、直径一メートルものクリの木柱が表面を焦がして規則正しく並んでいたこと。高さ二十メートル近い建物があったと想像できるという。それは物見櫓か、祭儀用か、倉庫か、天文台か、灯台か決めてはまだないという。復元する時、こんなに太いクリの木は今の日本はなくてロシアから輸入したそうだ。五千年前にあったのに──。
 大きな森があり、海があり、日当たりがよく水吐けのいい、なだらかな丘があって千五百年間もの定住を可能にしたのだろう。
 また北側と南側に盛土があって、何層にもなり遺物がたくさん出土している。それで当時の生活が推察できる。その中にヒスイやコハクなどかなり遠くでないと産出しないものもある。それは北海道や日本海側の富山地方とも交易があったと考えられるとの説明に驚いた。
 若い女性学芸員タイプのボランティアの説明は喋り慣れていて気持ちよく納得させられた。今やっと私たちが始めたゴミの分別収集がすでに行われていて、土器や石器と、生活用生ゴミの魚の骨やタネなどは別の盛土から出土している。発掘中の断層も保存されていた。住居址もたくさんあり、当時の平均寿命が三十歳ぐらい、夫婦と子ども二人ぐらいで住み、嫁姑のいさかいはなかっただろうとガイドの説明は思わぬオチをつけて私たちを笑わせた。
 かなり昔から遺跡のあることは分かっていたが、平成四年野球場建設工事の時に例の巨木が出て、保存を求める県民の声で工事は中止になったと聞く。私たちが行った日は金曜日だったが、何百人もの見学者があった。これは三十五ヘクタールのうちの五ヘクタールに過ぎず、これからが縄文劇の始まりかもしれない。
 三日めは一関に泊まり、中尊寺・毛越寺を中心に藤原三代をしのび、四日めは会津若松の東山温泉に泊まった。最後の日の鶴ケ城も元中学の先生だったというボランティアの人に出会い、短時間で密度の濃い説明を受けた。気持ちのいいボランティアの人々に助けられたいい旅だった。

《終》


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posted by maruzoh at 08:40| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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