やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年11月15日

【エッセイ】女の眉


【エッセイ】女の眉 


 四月、市役所からはがきが来た。今月中に七十歳になる人を対象に、この年から変わる医療費についての説明会の通知である。本人がくるようにとあった。
 もう十年ぐらい前になる六十代の初め、おばさん綴り方の会に出合った。私が二番目に若くて七十歳前後の人が中心だった。月二回、公民館に集まっては持ち寄った文章を本人が読み、みんなで批評した。共同助言などと言ってはいたが、半分はただのお喋りや世間話で、それが楽しみでもあった。
 私が在籍した七年半に十回以上もお泊り勉強会というのがあった。例会には欠席しがちな人も皆出席したのは、一泊旅行のいい口実だったのだろう。
 明治生まれの親に育てられた昭和一桁生まれの女性は、かなり自分を抑えて生きていたようだ。十二、十三人のうち、お酒を全然飲めないのは私だけで、えっ、あの人がと思う人までよく飲み、喋り、食べた。カラオケでも女学校の頃の叙情歌から懐メロまで盛り上がった。踊りまで出る始末である。
 洋裁師をしていたAさんは、五十四歳の時に過労で倒れた。軽いマヒがあるのに飲む。「大丈夫なの?」 隣に座った私がはらはらすると「若い頃、五合あけたことがある」とうそぶいた。倒れて四か月のリハビリを終わって家に帰ると、夫の晩酌の量が倍になっていたそうだ。そして定年の翌年、夫は心筋梗塞で六十一歳の若さであっさり旅立たれてしまったという。その夫の浮気話を二度聞かされた。五合飲んだのもそのときのやけ酒だったと、大笑いしながら、涙を拭いていた。
 朝になるとけろりと全員がいつもの顔に変身した。バックをかき回していたSさんが「誰か眉墨借してくれない。出かけまで父さんの晩酌のつまみ作っていて忘れたみたいなの」という。私は気の合うAさんに「七十になっても眉墨借りてまでも描くかねえ」と言ってしまった。旧満州からの引揚者のAさんは「そりゃ描くよ。引揚船の殺人的な人ごみの中でも、うちの母さんはお父ちゃんのタバコマッチの燃えかすを溜めていて、夜窓ガラスに顔を映して眉描いていたからね」と言い返された。
 Sさんは鏡とにらめっこしながら「この間、市役所からはがきが来て医療費ただになる説明会に行ったのよ」「どうだった」Aさんはもうすぐ七十歳だ。「喜んで早々と出掛けたらがっかりよ。みんなすごく老けていた。他人から見たら私もあんなふうに見えるのかと落ち込んだねぇ」とAさんに借りた眉墨で細く長い眉を引いていた。
 その会も、役員の急死と病人の続出、会員の高齢化などであっけなく解散した。
 とうとう私にも市役所からはがきが来た。いつかSさんが言っていたあれだなと気が沈んだ。現在はただではないようだが医療費が安くなるのは嬉しい。今は元気だがこれからが心配なのでほっとはしたのだが、行かずに送ってもらえないだろうか。いい案が浮かばない。
 国民学校三年生の時に終戦になった。戦後すぐは軍隊帰りのカーキ色のズボンを穿いた丸坊主の先生の午前・午後と二部授業、教室不足だったのである。新制高校では昼休みは男の子とフォークダンス。昭和三十三年に結婚した時は石油コンロだった。経済高度成長からバブル、そしてバブルの崩壊を体験した。飢餓から肥満まで一緒に体験した貴重な世代だ。人間が遺伝・環境・時代で作られるとしたら正真正銘、同時代を共有することになる。
 説明会の前日になるとわくわくしてきた。着ていく服が気になった。
 当日は、車で来る人が多いと思い駐車場のことを考えて早めに家を出た。七階の会場へ行くエレベーターの中で、ああ、この人たちもと思える三人と乗り合わせた。お互い同じ思いでそれとなく観察しあった。
 十分前に着いたのに、会場は八割方ふさがっていた。椅子は後方なので全体がよく見えた。思ったより元気そうで、若く見えてほっとした。ここ十年くらいでかなり人は若返ったのかもしれない。しかし元気な人だけがここまで出てこられたとも考えられる。
 今、私は朝起きて顔を洗ってクリームをつけると、とりあえず眉を引く。一年くらい前から急に眉が薄くなってしまい、洗い顔は自分でもぎょっとする。他人の顔のようだ。眉だけでも引くとほっとして落ち着くのである。十年前のSさんたちの眉墨貸し借りを笑えない。友人の話だとタトウのようなものだろうか、両方五万円で入れ墨をする人もいるそうだ。私はまだそこまでする気はない。

《終》


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posted by maruzoh at 08:36| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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