やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年10月24日

【エッセイ】五百羅漢


【エッセイ】五百羅漢


 朝八時、沼津発の「あさぎり二号」が静かに動き出した。一泊だけのこの小さな旅が、私たちの人生の中に一本の線を引くことになるのではないかという心のざわめきを感じた。
 地方から出て行った長男が、三十半ばで都心に遠くない駅から六分の所に一戸建てが買えるわけがない。安い家賃程度のローンはあるとはいえ、半分以上を嫁の親がポンと出してくれた。ゆくゆくは息子夫婦のものになるなら……とほっとした一面があるのも事実。嫁の両親には今まで住んでいた家があるものの、もう二か月も前から上と下で和気藹々と同居している所へ私たち夫婦は客として行くのだ。名目は孫の綾香が新入学なので学習机を買ってやりに行くのだが、何となく気が重く延び延びになっていたのだった。
 息子一家は嫁の両親と十年も一緒だったような気楽さで暮らしていた。孫たちも隣町に住んで毎日のように往き来していたので、年一、二度逢う私たちとは比較にならない太い繋がりを感じる。
 翌日は、卒園間近い作品展が幼稚園であるので、朝から家中で行くという。私たちもいい機会だから同行することにした。すると向こうの両親は「用事があるから」と家に残った。
 今度入学する小学校の前を通って私たち六人はぞろぞろ幼稚園まで歩いた。たった一晩なのに随分長く感じたし、疲れもした。嫁の両親からの外国土産のウイスキーとチョコレートも重い。夫も私も心の中を見透かされないように喋り過ぎたかなとも反省した。
 急に同居の話しが出た時、「言葉では消えてしまうから手紙書きます」と嫁が手紙をくれた。「もし一人になってからでも、一緒に住むことを望むなら個室を用意して待っています」とあった。その六畳間は洋室で納戸のようにまだ引っ越したばかりで片付かない荷物の置場になっていた。夫が残ったらとにかく、私は一人になってもここには来ないだろうと思った。
 絵の得意だった息子の血をひいたのか綾香は絵がしっかりしていて人目を引いた。大きな画用紙に六人が横一列に並んだ絵は、おじいちゃん、おばあちゃんを入れた一家六人だなと私は感じた。孫たちは駅の改札口に身を乗り出して「バイバイ」と大声で別れを惜しんだ。
 時間が早いのでこのまま帰るのも勿体なくて小江戸といわれる川越に足を延ばした。川越というとサツマイモぐらいしかの予備知識がなく駅に降りたった。案内所へ直行すると日曜・祭日だけ運行される小江戸巡回バスが出るところだった。時間に限りがあるので川越大師の喜多院にしぼった。
 喜多院は思ったより大きなお寺で、宝物も素晴らしかったが境内の一角にある五百羅漢像が圧巻だった。形はそんなに大きくないが、全部で五百三十五体もあり、ほとんど損傷がない。石仏というより芸術品だ。あるものは珍しく目を瞠らせ、あるものはユーモラスである。もちろん一人の石工の作品ではない。天明二年(一七八二)川越在の百姓で、のちに出家した志誠という人が発願し、その後を喜多院塔中の慶願・澄音・祐賢らが遺志を継いで文政八年(一八二五)まで五十年かけて完成されたという。
 絵葉書にもなった「ささやき」という二人で内緒話をしている僧や、横になって按摩をしてもらっている気持ち良さそうな人、深刻に顔つき合わせて相談している人もいる。土瓶を載せた七輪をうちわでパタパタ扇いでいる姿も面白い。提灯を持つ人、太鼓を打つ人、頭を掻く人、鼻くそをほじる人もいる。夕方に近く光線の加減で、その表情も変わる。見る側の心を映しても表情は変わると思った。この楽しい仏たちの間を歩きながら、こんがらがった毛糸がほぐれてゆくようにすっきりした気分になれた。
 羅漢さんたちは人間も動物も同じ仲間だよといわぬばかりに馬を曳く人、牛と一緒の人、羊を抱いた人、犬に餌をやる人、猿を抱く人、とぐろを巻いた蛇と一緒の人もいる。
 辞書に羅漢とは小乗仏教で完全に悟りをひらき、功徳のそなわった修行者とある。羅漢さんたちは包むものによって、どんな形にでもなれる風呂敷のように自由で大らかだ。長い間ここに座って見る人の心を和ませたり、反省させたり、慰めたり、叱ったりするのだ。私も形にこだわらず心と身体に柔軟性を持とうと心に決めた。
 年のせいか親子の問題、嫁姑の話など聞くことが多い。私は年のわりには自立している、新しいと自負していたのに、自分のこととなると、また別になっていたのに苦笑した。
 一時間ぐらいかけて、仏様たちの間を歩きながら立ち止まり、笑ったり、驚いたり、考えたりしていると心が伸び伸びするのを感じた。これも五百羅漢さんたちの功徳かも知れない。

《終》


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posted by maruzoh at 08:12| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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