やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年10月22日

【エッセイ】定年退職


【エッセイ】定年退職 


 朝の片づけをすませて、さてと広げた新聞の中から「定年退職」という活字が浮き上がってくる。テレビを見ていても「定年」と聞いただけで聞き耳を立ててしまう。それというのも、あと四か月で夫が定年を迎えるからである。思えば遠くへ来たもんだと思う。
 昭和三十三年、二十六歳と二十二歳の二人が、六畳と三畳の借家で所帯を持った時の未来は、せいぜい十年先ぐらいだった。安月給のうえ小さな新聞社、帰りは不規則、そんな状態でも何の不安もなかった。昼間は隣の二号さんと、向かいのハイミスさんと三人でカレーの会、天ぷらの会と称して共同炊事して、材料は割り勘で夕方までだべったりしていた。若いとは素晴しいというか恐ろしいというか、怖いものがなかった。
 三十代は、男の子二人の子育てとバイトの掛け持ち。貧しいわりにはよく遊びよく学んだ。子供にいい演劇を観せようという会「子ども劇場」に入り、広報部で新聞づくりや、バザー・キャンプにも行った。このころが一番忙しかったが充実した時期でもあった。『婦人公論』友の会にも入っていて、年配の女医さんに「六十になっても性生活ってありますか」と面と向かって聞いたことがあった。先生はその時少しも慌てず「ないといったら嘘になるわねぇ」とおっしゃった。いま思い出しても恥ずかしい。
 四十代は最低だった。四十一歳の時に父が、その翌年に兄が亡くなった。高度成長に引っ張られた旅行ブームに乗って順風満帆だった土産物製造卸の割のいいバイトは急降下。子供たちは受験期を迎えお金はかかる。当人たちは漫画は描く、ギターは弾く、好きなことが多すぎて成績は思わしくない。親の言うことなんてなんのその。当時は相当いらだったが考えてみると、自分の若いころそっくりだ。
 ローカル紙の記者である夫は、昭和一桁男のサンプルみたいな人で、仕事の割に報われることの少ない道をただ一筋にひた走り。政争の町としても何度か全国的話題になった町の主役意識だけを支えに、家族も顧みず誘惑の多いこの社会で、清く正しく今日に至った。当時二人だった記者も現在二十人。部数も三千部ぐらいだったのが、新社屋に輪転機が入り二万五千部を超えた。そして初めからの二人がそろって今年六十歳。画期的な定年を迎えることになった。
 若いときの結婚は愛だの、恋だのと格好のいい包装紙にくるんでも、所詮は生物学的結合だから、夢はすぐ覚める。その上、子供でも出来ると、思ってもみなかった生活に変化していく。子供の成長に伴って取り巻く世界も変わり、自分も変わらざるを得ない。そして人間とは個人的存在ではなくて、関係の存在なんだと思い知らされる。そのたびにいやおうなく小さな軌道修正を迫られる。昆虫が脱皮しながら成長するように、人間も変わりながら成長していくのだと思う。
 息子たちが高校と中学のころだったろうか。それまでのクリスマスは典型的なファミリークリスマスだった。それが二人ともそれぞれの友だちとパーティーをするという。私は子供たちの進学の話、それに伴うお金の話とじっくり子供のいない所でしたい話が溜まっていた。いい機会だと思い「大事な話があるから今日だけは、真っ直ぐ帰ってきて」と頼んだ。家の中の事すべて私任せできたが今回は問題が大きすぎた。それなのに夫は九時過ぎてから「やっと抜けてきた!」と恩着せがましく帰ってきた。クリスマスイブに、一人で食事もせずに待っていた私は、私を無視して友人の方を選んだ夫が許せなかった。その夜は日ごろのうっぷんも含めて大喧嘩し、三日ぐらい口も聞かなかった。
 夫婦は一心同体なんてあり得ない。理解しあうのも難しい。お互いが都合のいいときはすぐ協力できるのだが、かなり自分本位に考えている。しかしもともとは他人だし、違う人格なのだから当然なのかもしれない。
 いく度かの軌道修正ののち五十代になって少しほっとするのも束の間、長男、次男が相次いで結婚。出産だ、宮参りだ、初節句だと財布と気の安まる間もなくこの五月の連休に、一番後から生まれた孫の初節句をすませると一段落。そうすると九月十日に定年が待っている。
 幸い会社の希望と本人の希望が一致して、一か月休んだ後、月から木まで勤め、金・土は好きな郷土史の勉強を──、発表の場は新聞にということになった。
 今度は大きく軌道修正して、残り少なくなった持ち駒をフルに使って人生を味わいながら生きてほしい。追い駆けられていた仕事もこれからは楽しみながらしてほしい。相棒の私もそれに沿った軌道修正をしなくてはなるまい。長い間御苦労様でした。これからもよろしく。

《終》


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posted by maruzoh at 08:32| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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