やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年10月16日

【エッセイ】思えば遠くへ来たもんだ


【エッセイ】思えば遠くへ来たもんだ 


 「これで来た?」と両手でハンドルを握る格好をしながらスーパーのレジで声を掛けられた。五十過ぎて運転免許を取った私は、軽の赤いお買い物車を買ってからも、乗りたくてたまらないという気になかなかなれなかった。
 「二日に一度は乗らないと、車のためにもよくないし、余計怖くなるわよ」と脅かされて一番近いスーパーへやっとの思いで来たのだった。ベテランドライバーの友人は「今度の休みに横に乗ってやるよ」という。有難い。三日目に電話があって、本当に来てくれた。「どこに行こうか」といわれて咄嗟に思いついたのが夫の勤めるG新聞社の前にあるスーパーだった。駐車場は混んでいたが「今日は上手く入ったようね」「これぐらいなら上出来よ」。街の中を走り抜け、G新聞社の駐車場の中央にぴたりと停め、改めてパールグレーの三階建ての瀟洒な社屋を感無量に見上げた。私はやっぱり一度はここに来てみたかったのだ。G社は拓けはじめた郊外の住宅地の中に真正面の富士を背にスクッと建っている。富士山は二日前の積雪でまるで絵はがきのようだ。
 G新聞は人口十二万のF市に根付いて三十五年、タブロイド版ながら毎日八ページだての日刊紙である。ローカル紙にありがちな紐付きや、特定政党に偏ることなく、それでいて個性を持った商業紙として安定成長している。少々身贔屓かもしれないがそう思わなくては私の半生は徒労になってしまう。現在二万部になんなんとしているこの新聞も、昭和三十三年私たちが結婚した当時はタブロイド一枚の二ページで部数もせいぜい二、三千ぐらいなものだった。編集は三人で印刷機もなく、編集室を転々と引っ越したときもリヤカーだったというから、まるでクラブ活動の新聞部みたいなものだった。それでも前途に不安を抱かなかったのは、若さと意気だった。
 市議会議員選挙のときなど読者サービスとして開票速報をしたが、何分にも予算がない。仕方なく私が動員されガタガタ車に乗せられて一日中マイクを握って放送して廻った。公民館の前などに車を停めるとすぐ人垣が出来た。世はまだ発展途上で市民にも活気があった。なぜか私も茶色のベレー帽をかぶっていたのを覚えているので、案外自分もその気になって楽しんでいたのかもしれない。
 一年程前、新社屋が完成して輪転機が入ったと聞いたとき夢みたいだと思った。他の部門は勿論、編集も八人のうち当時からの人は夫と相棒のS野さんだけになっている。「Sさんとは友人なんてものじゃなく戦友だな、どっちが先でも弔辞を読みっこするよ、きっと」と夫がしみじみ言ったことがあった。二人ともあと三年で定年である。
「私ね、会社見学していきたいんだけど」と友人にいうと「私もいい?一度見たかったの新聞社」と応じた。夫に電話すると「来てもいいよ」との返事。スーパーで栄養ドリンク剤を二十本買って手土産にした。
 受付はまるで証券会社のフロントのようで紺のスーツの美人が二階の編集室へ案内してくれた。明るくて、広くて、私が一度いったことのある以前の編集室とは比較にならない。窓を背に大きな机から顔を上げて「やあ、きたね」と夫の見慣れた顔が立ってきてくれてほっとした。あぁ、こういうところで毎日働いているのかと、三十年来,肘をついて飲んだり、歯をせせりながらテレビを見たりしている人とは別人を見る思いがした。夫の机の前に向き合っている机はほとんど空で、若い人たちはこの時間取材に飛び回っているのだろう。
「いい絵があるんだよ」と応接室をノックして開けると、会長が一人で調べものをしていた。この方はよく存じ上げている。
「随分立派になって……」。「初めてだったかね。S田君のお陰で大きくなりました」。会長はボソリ言ってくれた。「そんな……」と言いながらも喉が詰まってここにいると泣いてしまいそうで、尻切れとんぼの挨拶をして応接室を出てきてしまった。
 写植室、ワープロ室どこも明るくて広くて若い人が多くて私には場違いな感じさえした。一階に下りてトイレットペーパーの親玉のような紙を積んだ大きな部屋の中央に輪転機というものが鎮座していた。大新聞のように端がギザギザになっている新聞を手にしたときと同じ感動が蘇えった。女の職場の少ない頃アルバイトの掛け持ちをしたことも、仕事仕事で帰りの遅かった夫への思いも今は淡雪のように消えた思いがする。中原中也の詩の一節に「思えば遠くへきたもんだ」というのがあったなぁと思った。あちこちで会釈してくれる人に会うので夫に「幾人いるの?」と聞くと「四十人くらいかな」という。
 帰りスーパーに寄ってドリンク剤を三十本買い足して「お土産の追加です」と置いてきた。

《終》


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posted by maruzoh at 08:41| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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