やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年09月16日

【エッセイ】雛を捨てる


【エッセイ】雛を捨てる


 八月の末の昼下がり、私はМさんの家の居間にМさんと向かい合って座っていた。二間続きの座敷の向こうに、Мさんのお姑さんが寝ているベッドの端が見えている。七十六歳になるお姑さんはここ半年ばかり寝たり起きたりが続いている。
天気さえ良ければ、車椅子を押して町内一周してくるのがМさんの午前中の日課だそうだ。姑の経験のない私は、喋りながらも、無意識に話題を選んでいる。足腰は弱っても、耳も頭もしっかりしている人に、かなり圧迫感を感じてしまう。これがずっと続く生活は、かなりしんどいに違いない。
 先日、押入れの整理をした時、成人した息子たちの五月人形のケースをばらして、不燃物と可燃物に分けて出した。人形は大晦日の浅間神社のお焚き上げの時、お札と一緒に燃してもらっていいのかをМさんに聞いた。その時彼女はきっとなって声をひそめた。「実は私も、今年こそ捨てようと思っているお雛様があるの」。上目づかいで、ベッドのある部屋を気にしながら、「前の人の子のお雛様よ」と口許を引き締めた。
 彼女は二十三歳の時、勤めていた出張所の所長だった六歳年上の男性と職場結婚で結ばれた。夫はハンサムで人当たりのいいためかよくもてた。当然女の苦労は耐えなかった。二年後長男が生まれ、義父が亡くなって、急に夫の実家に同居することになった。しっかり者の義母は和裁で苦しい家計も助けてくれた。早く母を亡くした彼女は教わることも多かったが気も抜けない存在だった。姑はいつも正しく、そのうえ、夫に対してだけは公平を欠いていた。それだけは釈然としないままいつまでも、しこりとして残った。
 子どもが三人になり、やっと姑との暮らしも安定した頃だった。夫は若い頃、短い結婚の前歴のあることを知った。その時の女の子が訪ねてくるという。
「家に連れてきてもいいかな」。さすがに言いにくそうに切り出されたのだった。ガーンと頭をハンマーで殴られたような気がした。思えば世間知らずの自分にさえ、釈然としないことが何度かあった。
 小学生と幼稚園の三人の子どもたちに親戚のお姉ちゃんが遊びに来る話をした。「うれしいなー」子どもたちは屈託がない。息をこらして迎えた娘は、利口そうな感じのいい娘だった。少女にしてみれば、瞼の父に一目逢いたかったのだろう。下宿屋の娘だという彼女より九歳年上の女の人も、養護教員として一人で女の子を育て上げたということだった。修羅場さえ想像して構えていただけに、ほっとしたものの、見てしまうと、すっきりはしなかった。それからクリスマスプレゼントを送ったりして余裕をみせてはいたが、夫の面影を残す少女が他所で成長しているのは心中、穏やかでない。何年かしてその娘が結婚した時はほっとした。自分の長女が結婚した時、「うちの娘の方が、生活が恵まれていてよかった」と、ぽろりと彼女らしからぬ本音に私は驚いた。
 人間というものは、何かのきっかけでころりと変われるものだろうか。飽和状態の水蒸気が水滴になるように、必然的に変わるのだろうか。外で人当たりのいい分、家の中ではワンマン・酒には飲まれ、マザコンだった夫が孫の誕生を境に、好々爺に変身した。三人の子どもたちの大人としての目を意識したのか、力関係の逆転を肌で感じ始めたのか…。それとも最後に頼れる人が見えてきたのか…。男はどこかずるいし、甘えん坊なのだ。
 不満は抑圧すれば、人間であれば顔に出るし、態度にも出る。相手は当然面白くなく、外に出て憂さを晴らす、と悪循環なのだ。自分にも反省すべき点は多々あったし、成長期だった子どもたちには、反面教師として受け取られたようだ。お姑さんも足腰が弱くなれば、頼れるのは、体力もあり、家の中のことはすべて心得ている嫁であるМさんしかない。三人の子どもたちも、それぞれの伴侶をみつけ昨年からは姑さんと三人の暮らしになった。
 いま彼女は輝いている。そしてその時がきた!と思ったのだろう。若い時、夫と四年間一緒に暮らし、娘を連れて故郷の四国へ行く時、忘れていたのか、置いていったのか、残していった段飾りの雛人形たち。押入れの奥をずっと占領し、いつも心のどこかにあった物。夫との諍いの時には大きく膨れ上がり、普段はだんだん小さな存在にはなったが、無くなったことはなかったという。
「もう捨てていいわね」。姑や夫に切り出す自信が出来たのだろう。きっと今年中には片付くと思う──と。
 人はいろいろなものを捨てないと前へ進めない時がある。そして捨てるにはそれに見合うエネルギーや裏付けとしての
力がいると思う。虫が脱皮するように、捨てながら成長していくものだとも思う。

《終》


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posted by maruzoh at 17:20| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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