やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年08月28日

【エッセイ】まりつき歌


【エッセイ】まりつき歌 


 隣町の芝川町が山梨県と接する所に、「塩出」と書いて「しょで」と読む村落がある。塩出の境川に沿った道沿いに、美しい石垣が五〇メートルも続く民家がある。
 夫がその石垣を撮りに行くのに同行した。予め電話して置いたので、現在の当主の方が待っていて下さった。石組みにもいろいろあるが、この石垣はとても緻密な積み方で隙間がなく、優美な反りがあって、ここの外には京都の東福寺にしかない積み方だという。
 この家は江戸時代から海のある由比・蒲原・松野方面から、海のない山梨・長野方面へ塩を馬で運ぶ塩の道の継立場で、代々名主を勤めていた。その上、十代・十一代の源兵衛という人は商才があり近くの山で(どくえ)という油桐を栽培して、その種から質のいい灯油をしぼり、近郊の村々に売り、大きな財を成した。
 石垣のほかに、身延山参りの道にも当たっていたのでお札を納める石の祠とか、水車の軸の受け石とか、珍しいものをたくさん見せていただいた。
「玉つき歌まであったと本で読みましたが?」
 出掛けに予備知識として、要点に目を通してきた本に歌にまで歌われたと書いてあった。
「あぁ、それはまりつき歌ですよ」
 ご主人はおっしゃった。
「いい物お見せしますから」
 私たちは離れに招かれた。横長の大きなコタツに足を入れると、吹き曝しの庭で立ち話をした冷えた身体がほっと息をついた。ご主人は
「これをお見せしたくて」
 と一枚の紙切れをコタツの上に置いた。


姑の手まり歌

 塩出のげんべえさんは 大金持ちで
 庭で米つく なかいで(ふるい)す
 奥で三味線ひく ありゃ誰
 おまつさんかい きよまつさんかい
 おまつさんなら なぜ髪結わぬ
 櫛がないかい 油がないかい
 くしも油も 手箱にござる
 手箱持ってこい 髪ゆってくれる
 これで一かん かしました


 まりつき歌だった。紙切れの下に走り書きがあった。それには百二歳で逝った姑の十三回忌をすませ、生前よくこの手まり歌を歌ってくれたので、懐かしく思い、夫と一緒に訪ねて見たが折悪しく留守だったので、とっさに紙に書いて郵便受けに入れて帰ります、というようなことが書かれていた。
 軽やかな女文字で、最後に夫婦の名前が書いてある。優しい人たちだな、こうして歌が残って行くのだと思った。見たこともない老夫婦が連れ立って行く後姿さえ思い浮かんだ。
 奥さんがお茶を運んできて下さった。実に品のいい方だった。素朴な中にこの旧家を陰で支えてきた貫禄が感じられた。
「この歌は本当に歌われていたんですね」
「ええ、その方は若い頃は富士宮に住んでいたけれど静岡市に嫁いだそうで……。風の便りに最近亡くなられたと聞きました」
 と、おっしゃった。人は死んでもこうして歌が残り、口伝でまた伝えられていく。それもいつか消えるかもしれないが、生まれたものはいつか死ぬのだから、それもまたいい。
 隣の部屋をごそごそ捜していた奥さんが茶色の大きな袋を持ち出してきた。中から出てきたのは目を見張るようなこの家の屋敷絵図であった。和紙に墨書で美しい彩色がしてあり、家の前の石垣を積み直した時に記録したものであった。
 それは『芝川町誌』にも出ていた「慶応四年九月二十七日改之 土御門殿門人渡辺長門」という人物の署名ともぴったり一致した。夫もそれを目にして興奮している。
 絵図の中には大きな池や用水の流れがあった。庭で米つくなかいで簁すというのも頷ける。
「大きな池があったんですね」
 ご主人は、そうだったかなと言っているが、奥さんは
「杉を植えたとこですよ」
 どうやら今は林になっているらしい。
 この時代、三味線というのも高杉晋作も弾いていたというから、かなり先進的な贅沢なものが、この山の中にあったと考えられる。そして、おまつさんときよまつさんという評判な美人姉妹がいて、塩を運ぶ馬子たちの話の種であり、憧れの的であったのかも──と、思いは膨らむのである。
 帰り道の車は、鼻唄を歌いたくなるような気分だった。

《終》


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posted by maruzoh at 07:41| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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