やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
   maruzoh live.jpg

名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年08月16日

恋愛ごっこ ―第8回―


恋愛ごっこ ―第8回―


 富子が予約してくれた旅館は日本旅館で少し古びていたが、小ざっぱりしていた。外に半露天の風呂もあり、荷物を置くとすぐ偵察に行った富子が部屋に帰ってきた。
「誰もいないよ」
 男風呂と女風呂の間には、目の細い高い竹の仕切りがあり、その両側に生垣があった。国子は浅い湯に両足を長々伸ばし、しばらく目をつむっていた。
「こうしている自分が嘘みたい」
「人間長くやってると、いろんな事に巡り会うね。私らみたいな俗物見ているとおかしいでしょう」
「そんなことない、私なんて今まで一生懸命生きてはいたつもりだけど、車を回し続ける二十日鼠みたいだったような気がするわ。時蔵さんと知り合ったことも、富子さんたちと知り合ったことも、ほんとによかったと思っているのよ」
 国子は真実、饒舌な富子だけど素直に感謝したかった。富子は立ち上る湯気の向こうで国子に話しかけた。
「前から一度聞きたいと思ってたんだけど、時蔵さんとゆくゆくは結婚なんてことあるの?」
「それはないと思うわ。時蔵さんはいい人よ。でも、それと結婚は別よ」
「だって、二人とも独り者だし……いいじゃないの。大人の愛はそこまで行くもんだと思うけどなぁ」
「友情なら長く続くと思うの。色恋になったらやがて冷めるわ。そうなったら苦しみは勿論、憎しみさえ持つかもしれない。残された人生を穏やかに過ごしたいのよ。私は……」
「まるで女学生みたいね。結婚したことないから、そんなこと言ってるんだと思うな」
「そう見える? 実は私、若い頃三年ほど結婚した経験があるのよ」
 富子は驚いて国子の方へ寄ってきて体を沈めた。
「ごめん! そうだったの」
「だから、変に臆病になっていることはある。若いというのは、純情とか、単純とか言うけど、今思うと自分の目の前しか見えなかった。つまり馬鹿だったのね」
 男風呂から、明彦の馬鹿笑いが聞こえてくる。国子はふと時蔵の裸体を思い浮かべて、慌てて打ち消した。七十一歳の裸体がアポロンのようなはずがない。せり出した軒先と、竹垣の間に四角い青空が見える。火照った頬に少し寒い風が心地よくて、国子は大きく深呼吸した。
「時蔵さんの二人の男の子もいい子たちでね。子供の頃から知っているの。それぞれいい家庭を作って、二人とも家まで建てちゃってるのよ。私ね、うちの奈津子がどちらかと一緒になってくれないかと秘かに思ったこともあるの」
「じゃ、なくなった奥さんともお知り合い?」
「よく知っている。時蔵さんて、いい女に惚れられるのよね。優しいし穏やかで、それでいて女が手を貸したくなる純情なとこや、抜けているとこあるから」
「いい女の中に、富子さんも入っていたりして」
 二人は大笑いしたが、国子には富子の目が笑っていないように見えた。
「おぉい、かあさん出るぞ!」
 明彦の声に富子は首をすくめて口に人差し指を当てた。

 翌日は、宿の女将の勧めもあって、信州の鎌倉と言われる塩田平の半日ツアーに参加した。別所温泉周辺には、目を見張るような寺院や美しい塔がいくつもある。中でも安楽寺の八角五重塔は、鎌倉後期の建立で純殻風の国宝である。国子はその美しさに息を飲んで見上げた。明彦は小さめのスケッチブックを取り出して立ったまま描き出した。富子はその姿をカメラに収めている。
「こんな山の中に珍しいでしょう。他にも前山寺の三重塔や、映画の『愛染かつら』の中に出てくる桂の木のある北向き観音などがあるんですよ」と、時蔵は説明する。
「こころの休まる所ですね。この年になって、初めて知ることばかりで――」  
 中年のガイドを連れてきた富子が呼んでいる。
「さあさあ、記念撮影よ」
八角塔をバックに四人が並んだ。
「はい、バター」
 明彦が茶化すので四人の笑い転げた記念写真となった。このあと前山寺や、小さな美術館などを見学してバスは昼近く上田駅前に着き、半日コースの信州の鎌倉めぐりは解散した。
 富子は土産物屋に向かった。明彦が
「たかが一泊じゃないか。あんまり買うなよ」と後をついていった。
「隣に留守番頼んできたから、何か持ってかなくちゃ」と富子は譲らない。
 店に入ると富子は
「ねえねえ、夕べちょっとどきどきしなかった?」と、明彦の顔を見た。
「何もあるわけ、ないじゃないか」
「そりゃ、分かってるけどさ」
「何考えてんだ、お前は……」

 時蔵と国子は立ち止まったまま動こうとしなかった。息詰まった沈黙を破って時蔵が言った。
「こんどは二人で来たいな」
 国子はどきりとしたが、聞こえないふりをして土産物屋の方に動きかけた。
「あなたはずるいな。聞こえないふりして」
 時蔵は詰め寄り国子の手を握った。音になって出てきそうな胸の鼓動を振り払うように飛び込んだ国子だったが、自分もぎゅっと握り返してしまったのをちらりと思い出していた。

《つづく》



※本サイトの作品は、アルファポリス「webコンテンツ」、にほんブログ村「現代小説」ランキング、人気ブログランキング「現代小説」に参加しています。宜しければ、クリックお願い致します。

 人気ブログランキングへ  にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ


posted by maruzoh at 06:31| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

検索
 

title.gif
maruzohは、アートビリティ作家さんを、応援します!

●ご連絡先● 〒165−0023 東京都中野区江原町2−6−7
社会福祉法人東京コロニー アートビリティ事務局内
TEL 03−5988−7155/FAX 03−3953−9461
●営業時間● 平日 9:00〜17:20 / 土・日・祝日 休業日