やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年07月29日

時計 ―最終回―


時計 ―最終回―


「トイレ、お借りするわね」
 としみは荷物を下ろすと勝手知ったトイレに駆け込んだ。美奈子は咄嗟に野沢に知らせて置いた方がいいと電話に近づくのと、ベルが鳴り出すのが同時だった。
「そう、よかった!悪いけど今夜一晩泊めてやってくれないか」
 野沢はかなり狼狽していた。
「あっ、トイレから出てきたから切りますね」
 茶の間で横になってテレビを見ている幸二に耳打ちしに走った。
 幸二は二階を指差して
「お前もそっちで話し聞いてやれよ。俺、居ない方がいいだろう」
「そうよね」
 としみは、階段の下で、立って待っていた。
「狭いけど二階がいいでしょ。幸二はオーケーよ」
 美奈子は先に立って階段を上った。二階は六畳と四畳半で、川に面した南側が物干しを兼ねたベランダになっている。
 としみは
「ごめんね。こんなつもりは全然なかったのよ。静岡の友達のところへ行くつもりが、駅から何度電話しても留守で……コーヒー飲んで時間つぶししてもまだ留守なの。まだ独りで看護婦してるんだけど、今日は休みの筈なのに……。仕方なく帰ってきて、その大川まで来て立ち止まって川を見たら、歩いてる人が振り返って見たりするのよ。わたし、自殺でもしそうに見えたのかもね。思わず美奈子さんの影らしいと思って、窓硝子叩いちゃったの」
 としみは今日の午後からの出来事をぼつぼつ語り始めた。
 三時頃、テレビを見ながら編み物をしていた。突然小型の書留小包が来た。開けてみると、この夏休みに野沢の二人の息子に買ってやった時計ではないか。唖然としているところへ野沢が赤い顔して帰ってきて、いきなり平手打ちした。
 子供の机の中から、買った覚えのない上等の時計が出てきたので、もしや万引きではないかと大騒ぎになった。子供を問い詰めたところ、夏休みにとしみに買ってもらったと口を割ったという。それで奥さんは野沢の職場へ電話してきたというのである。
 親にも叩かれたことのなかったとしみは、ショックを受けて前後のことを考えず家を飛び出してしまった。こんな状態で家を継いだ兄一家と両親の居る里へ帰れる筈はない。ましてや新婚の弟の家にも行けない。看護婦時代から付き合っている友人を頼って静岡へ行こうとしたが留守。でも彼女も最近の手紙で交際している男性がいるというので、もし急に訪ねて、夕方二人で帰ってきたら――と考えると、やはり電車には乗れずに帰ってきてしまったという。
「ここしか、わたしの居る場所はないのよねぇ」
 美奈子は野沢に電話して置いてよかった!と、ほっとした。その夜、二時近くまで話し、としみは、話しながら三回も泣いた。
 としみは、ごく普通の茶農家の長女に生まれた。親戚付き合いの農家の長男との親の決めた結婚に反発していた時、野沢に出会ったのだという。生意気な田舎の小娘が、年の離れた野沢から教えられたものも少なくないとも言った。生きてゆくのは頑張るだけでなく、深く、高く生きるのを知ったという。
 野沢は、としみをどこにでも連れて行った。マナーや人との付き合い方も教わった。でも今度のような時は、不安からイライラして思わぬ行動に出てしまうのだという。時計を買ってやったのも、軽率だったと後悔しているとも言う。
「美奈子さんは幸せよ。少なくとも、そういう不安はつきまとわないから――」 しとみは、しみじみと言った。

 翌朝、まだ七時前だというのに、玄関のブザーが鳴った。三人で朝食をしようとしている時だった。
「おーい、飯が炊けたぞおっ」
 野沢のいつもと変わらぬ大声である。
「としみさん、うちは二人分しか味噌汁作らなかった、自分の家で食べて!」
  としみは一瞬固まった。
「折角だから、向こうで食べたら?時機を外すと本当に困っちゃうよ」
 幸二も珍しく気の利いたことを言う。としみは、泣き笑いしながら立ち上がった。

 二、三日後に、美奈子はとしみからパンプキンへ呼び出された。
「今日はわたしの奢り、こんなことじゃ済まされないけど、許してね」
「よかった。本当によかったわよ」
「あの日、帰ったらすぐ畳に手をついて謝ってくれたの。どんな理由でも女に手をあげたなんて、自分はいい年をして申し訳ないって」
「そうだったの」
「わたしも時計のこと謝ったわ。だから、すべて解決したってわけじゃないけど、わたしも少しは変わったのよ。あちらは遠くにある山だと思うことにしたわ。奥さんは絶対別れないっていうし、野沢も子供たちが大人になるまで、このままで居て欲しいって――。山だから雨の日や雪の日は霞んでしまうし、霧が出れば見えなくなるじゃない。霧が晴れれば、はっきり見えてくるけど、わたしは見ないようにして生きて行くわ。それに、あちらはわたしより二十五歳も年上だから――どうしたって先に死ぬよね、フフフ」
「人間なんて長生きしたって、たかが百年よ。長い歴史から見たら線香花火のようなものよ」
「わたしも好きに生きりゃいいんだっていう気もするわ。そう思ったら気が楽になった。でもいつでも自分一人ぐらい、自分で生きてゆける実力がないと、大人とは言えないと思うわ。それは心しておく積もり」
 美奈子は、窓から差し込む夕日に、頬を染めたとしみを美しいと思った。
 それからしばらくして、野沢は五十五歳を期に、下請け会社の社長として経営建て直しを背負って転勤した。
 そのままとしみとは疎遠になった。美奈子も一男の母となった頃だった。幸二が会社から帰って
「野沢さん、亡くなったらしいよ」
「えっ?」
 美奈子はすぐ、としみのことが頭に浮かんだ。戦後の混乱期に結核をやっていたため、普通の風邪から肺炎になり、病状があっという間に悪化してしまったらしい。葬式は奥さんが取り仕切り、としみは参列もできなかったらしい。
 しかし、その時住んでいた郊外の分譲住宅は野沢の手で、としみの名義にしてあったという。今としみは昔の資格を活かして近くのリハビリセンターで看護婦をしていることも風の便りで美奈子は知った。

《完》


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posted by maruzoh at 09:51| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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