やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年07月28日

時計 ―第3回―


時計 ―第3回―


 それから美奈子は時々、としみに呼ばれてはお茶を飲みながら喋った。そのつど、何かの土産が付くのが厭なので、三度に一度は実家から持ってくる酒の肴になるようなものを持参した。としみは素直に喜んだ。美奈子が誘いを受けたのも野沢家の暮らしは興味津々だったからである。
 慣れてくると、としみは割と開けっ広げな性格で、本妻のことを≠ちら≠ニ言い、二人の小学生はすごく可愛いという。
「お会いになったこと、あるんですか」
 美奈子は聞いた。
「この春休みに二人できて泊って行った」と答えた。
 四月の昼下がりの部屋は、ガラス障子が温室のようになって眠りを誘う日だった。出されたケーキの甘いにおいにつられてか、蝿が二匹入ってきた。それが目の前で交尾した。
「生意気よ、こいつら!」
 としみは、素早く手元の新聞紙を丸めて叩き落した。美奈子はどきっとした。

 美奈子の足はなぜかしばらく遠のいた。近所に子供の声が多くなったと思っていたら、いつの間にか、夏休みに入っていた。
 近所のスーパーへ買い物に出掛けた美奈子はわが目を疑った。野沢と、としみ、そして小学生の男の子二人が連れ立って買い物をしていたのである。それは、まるで絵に描いたような健全な家族像に見えた。その時、振り返ったとしみと目が合った。美奈子は慌てて目をそらせた。
 次の日、としみから電話があった。今、二人の男の子を駅まで送ってきたという。
「夏彦ちゃんが五年生、秋彦ちゃんが四年生の年子なの、可愛いの。夕べもお風呂から上がって『おばさんタオルどこ?』なんて、すっぽんぽんで前も隠さないで出てくるのよ。悪い感情は持ってないのよね、きっと」
 いつになく饒舌なとしみに、美奈子は一方的に聞き役にさせられた。
 子供たちはパパとキャッチボールをしたり、プールで泳ぎを教わったりして一週間過ごしたという。夏休みの新幹線の駅は旅行客で混んでいた。野沢はホームの列に並ばせてから弁当を買いに売店に向かった。としみはトートバックから子供には少し上等すぎる時計を取り出し、手渡した。
「気をつけて帰ってね。これ、おばさんからのプレゼント。レース編みでもらったお金で買ったのだから遠慮はいらないの。お母さんに聞かれたらパパに買ってもらったって言いなさい」
「うん、そう言う」
 下の子はうれしそうにすぐ受け取った。上の子はためらってか手を出さない。
「パパにはシーッよ、早くしまって!」
 野沢が駅弁とお茶を持って近づいてきた。上の子は仕方なくポケットに入れた。
 としみの話に美奈子は、ホームを出て行く列車をいつまでも立ち止まって見送っている野沢と、鼻唄を歌いながらホームの階段を二段ずつ駆け降りて行くとしみを想像していた。

 その年は台風の当たり年だった。九月も終わり近くになって、また大きなのが日本に上陸した。
「今度のは、大きそうだなあっ」
幸二は二階の窓を閉めながら眉をひそめた。明日の日曜日に、久しぶりに展覧会を観て、昼は外で食べ、買い物して帰る予定だった。
「次の日曜日だと終わっちゃうのよね」
 美奈子もがっかりした。夕方近くなって雨に加えて風も強くなってきた。
 大川沿いに建つ五軒の借家に向かって川の水がどんどん膨れ上がってくる。幸二がまた窓から川を眺めている時、電話が鳴った。野沢からだった。
「坂の上へ避難して来いよ。どうもコースはこっちに向いている。明日は休みだから、何なら泊っていったっていいぞ」
 二人は渡りに舟と登山用のリュックの上に合羽を着て野沢家へたどり着いた。

 台所ではとしみが割烹着に姉さんかぶりで大皿に山のようなおにぎりを作っていた。
「お宅の分も作ってるからね。もうすぐ停電になるわよ」
 付けっ放しの大型テレビは台風情報を流し続けている。
 外で大きな物音がした。
「物干し竿は片付けたわよね」
「雨戸がばかにがたがたいうなあ」
 野沢が立ち上がると「手伝います」と、幸二はもう立ち上がっている。
「悪いわねぇ、手伝いにお呼び立てしたみたいになっちゃって」
 美奈子には、としみが顔を高潮させて、声まで上ずっていきいきと張り切っているように見えた。
 何回か美奈子は野沢家を訪ねているのに、玄関脇の四畳半を初めて覗いて驚いた。二方の壁がすべて本で埋まっていた。
 美奈子は、手伝っておにぎりを握りながら
「野沢さんて、読書家なのねぇ」と言った。
「本だけはたくさんあるわよ、お金はないけど。その上、新刊書どんどん買うの」
「いいわね。図書館抱えてるみたい」
「美奈子さん、本好きなの」。としみは意外そうな顔をした。
 それから間もなく停電になった。四人は茶の間に車座になって、真ん中に立てた百匁ロウソクの灯りで、おにぎりを食べた。
 野沢は「昨日のきんぴら牛蒡、あれ出せよ」と、としみに言う。
「あらっ、お昼にわたしいただいちゃったの」
「お前のきんぴらだけは美味いんだ。美味いものは、みんな一人でいただいちゃうんだよな」と、笑わせる。
 外は大雨、大風が荒れ狂っているというのに、としみは妙にはしゃいでいた。
「美奈子ちゃん、本が好きだって?」
 美奈子は一瞬、馴れ馴れしくちゃん付けで呼ぶ野沢にむっとした。
「持ってって読むといいよ」
「本当ですか」
「ああ、いつでも自由に」
「有り難うございます。早速お借りします」
 幸二は横目で美奈子を睨んだが、美奈子は気付かず、すっかり機嫌を直していた。

 台風一過のすがすがしい午後だった。台風の後片付けも済んで、美奈子は野沢から借りてきた本の続きを読もうかと思っていると、としみから買い物に誘われた。
 最近、小学校の裏通りに小さな喫茶店ができた。ケーキのおいしい店で、コーヒーとセットにすると六百円と安いので、ふたりはよく買い物帰りに寄るのを楽しみにしていた。その名も「パンプキン」、かぼちゃのケーキが特長で奥さんのお手製である。
「いつもすみません。いまお借りしている本、野沢さんまだ読んでないんでしょ、あとでいいのに」
「いいのよ、あの人忙しいから」
「うちの人に叱られちゃうわ。この本面白そうなんていったら、直ぐ買って先に持ってきてくれるんですもの」
 美奈子は幸二が不機嫌に野沢から預かった本をドサッと投げ出したのを思い出した。まるで夫婦で子分になってしまったような厭な気がした。
「野沢さんって、優しいのね」
「そこが困るのよ」
「あら、どうして?」
「あちらにも優しいし、わたしにも優しいのよ。そして、美奈子さんにも……」
 美奈子は黙ってしまった。
「誰にも優しい人って、誰にも優しくない人だって思わない?」
 美奈子はもう野沢から本を借りるのをやめようと思った。
 それから美奈子は、としみとは必要最小限のお付き合いにした。幸二もその方を望んだので、実家のアルバイトを増やした。
 空が高く、雲の形が秋を感じさせるようになると、日の暮れはめっきり早くなった。夕食の片付けが済んで洗い物を終え、布巾を干していると台所の硝子をトントンと叩く音がした。ぎょっとして見ると、擦り硝子に人影が映った。美奈子が裏口を開けるのをためらっていると「としみです」と声がした。
 としみは、倒れ込むように入ってきた。
「一晩泊めて……。何も聞かないで――」
 思い詰めた口調に美奈子の方がうろたえて大きく頷いた。

《つづく》



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posted by maruzoh at 14:31| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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