やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2012年07月26日

時計 ―第2回―


時計 ―第2回―


 初めての国勢調査もやっと集まり、美奈子は役所へ提出してほっとした。しかし整理して気がついたが同居人となっていた奥さんの年齢は、美奈子と四つしか違わない三十歳だった。見た目にはどう見ても四十歳後半、品よく身奇麗にはしているが、五十歳半ばの野沢に合わせた老けづくりをしているとしか思えなかった。野沢の家は、会社が借り上げた庭付きの社宅で、近所には重役の奥さんで通っているらしい。
 二、三日して、その老けづくりの、としみから電話があった。
「お仕事片付いた? 文明堂のカステラ頂いたの、お茶にいらっしゃらない?」
美奈子は結婚前から実家の食品卸業の事務を月末の一週間ばかり手伝いに行っていた。「伝票溜まってるよ」という母の催促に「明日から行くから――」と言い訳して、としみの誘いに乗り出掛けた。
 としみは日当たりのいい南向きの八畳間のテレビの前で、レース編みをしながら待っていた。テーブルの上に、綺麗に仕上がったレースの白い手袋が置いてある。手の甲のところに松葉の独特な編みこみの模様が入っているエレガントなものだった。
「奥さんが編んだんですか」と言ってしまってから、美奈子は方がこだわって黙った。
「山本さんって、ご夫婦ともいい人なのね」
としみは、こだわりなく笑って
「口止め料ってわけじゃないのよ」
とテーブルの上の手袋を差し出した。これが箱に入ってデパートに並ぶとかなりの値段になるだろうと美奈子は思った。
「まぁ、こんな上等のもの」
「いいのよ、ほら、わたしプロだから」
話しながらもどんどん手を動かしていたが「お茶、入れるわね」と立ち上がった。
 あまり社交家でもない美奈子が、としみの話に引き込まれて、一時間も長居した。口数が多いわけでもないのになぜか引き込まれる未知の世界だった。
「入所して一年くらい経った頃だったかしらねぇ、時計を貸してくれないかというのよ。失くして不便してるのかと思って貸したら、自分のをはずして、これは君が持っててほしいって……それが始まりなの、野沢とは――」
「えぇっ? 今の野沢さんには考えられない」
「結核だったからね。あの頃は痩せていて、色は白くて若い頃の太宰治に似ていたわ」
美奈子は四角い肩を揺らして歩く、浅黒い精力的な野沢を思い浮かべていた。
「そのサナトリウムには、いろいろな人がいたわよ。その手袋を直接卸させてもらっている東京のデパートの御曹司もいたのよ」
「あぁ、そのつてで……デパートへ直接」
「花瓶敷き編んであげたらね、これはプロ級だなんて……褒められて。中間がないから割といいお金になるの。野沢の留守の時だけ暇つぶしにやっているのよ」
「人気の看護婦さんだったのねぇ」
「若かったのよ、自分のために地球が回ってるような気がしてたもの。でも真剣に生きてきたような気がする、少なくとも純粋に――」
美奈子はただただ口を開けて聞き役になっていた。
その夜の食卓には帰りがけにもらってきた鮪の味噌漬けが出された。
「スーパーのとは一味違うね」
「どっか有名なとこから取り寄せているんだよ。きっと。一流物が好きだから――。今や社一番の実力者だからな」
「この上等の手袋だって、私には宝の持ち腐れよ」
「機嫌よくもらっときゃ、いいじゃないか」
「Tシャツやジーパンに似合うってもんじゃないのよ。あなたのこと、いい人だっていっていたわ。まあ、都合のいい人だってことね」
幸二は明らかに不機嫌にビールを口にした。

《つづく》


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posted by maruzoh at 22:12| Comment(0) | ◆澤田節子作品集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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