俺様とマリア volume.68 全くわかりゃしねえ
「マリア嬢、もう花束贈呈は終了のお時間ですので、
リングサイドから速やかに退場してください」
慇懃な言葉とは裏腹に鋭い目つきの黒服が鉄格子越し、花束の贈呈の後も俺様の前から動こうとしないマリアを無理矢理引っ張って行っちまった。花道で何度も振り替えるマリアの姿を見ると愛おしくって悲しくって、絶対に絶対に負けられないと言う思いが改めて俺様の胸に滾(たぎ)る。必ずウェアウルフを必殺のSSDでマットに沈めてみせる。
しかし、その後に俺様に訪れたのは疑問だった。勿論、さっきマリアが口にした神龍からのメッセージへの疑問に決まってる。
――ウェアウルフを倒したいのなら神様の声を聞け――
俺様とエディのおっちゃんが死に物狂いの特訓の末に身につけた必殺SSDが、今のままじゃウェアウルフの野郎に通用しないだと?馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。寝言は寝て言いやがれってんだ。
大体神龍は俺様の敵だろう?その神龍の言ってることを真に受けちまうのもどうかしてるぜ。こいつは神龍の仕掛けた一流の心理戦、いや奴らの常套手段の「罠」に違いねえよ。うん、そうだ、そうに決まってる。
いやいや、ゴールデン街の再会の時の態度やB・Bへのエールの熱さ、それにさっきのマリアへの詫びの台詞。神龍は俺様の描いていたイメージや巷の噂とは全く違った男だった。それはマリアも同意見のようだ。しかも、これまでの的確な解説やトーナメントの人選からも明らかなように、奴の格闘技を見る眼は確かなものだし、純粋な強さに対する思いは実に真摯だ。そんな神龍が闘いの直前に俺様を惑わすようなことを言うとはとても思えない。
しかしだ。「神様の声を聞け」って、どういうことなんだよ?神様、神様、神様・・・、全くわかりゃしねえよ。まさかマリアの聞き違いか?いやあのしっかり者のマリアに限ってその可能性は至って低いだろう。恐らくだが、神龍の奴は聞き耳を立てているリンダの女狐に聞かれてもすぐにはわからないように、敢えて漠然とした表現で、しかも俺様と神龍にしかわからない何らかの符丁を使っているに違いないんだ。だけど、せっかくのヒントも俺様に理解できなけりゃ、意味が無いどころか戦いに集中できなくて逆効果になっちまう。く、糞ぉ、あんまりにも歯痒いぜ。
「ただ今より、新宿最強決定トーナメントの決勝戦を行います。
まずは赤コーナー、ブクロから流れ着いた根無し草のバンドマン、
EノイズことEmotional-Noise選手の入場です!」
俺様の特別席の前で黒服が2人立ち止まって継ぎ目の金具を下ろすと、それまで強固に場外とリングサイドを隔てていた鉄格子が軋んだ音と共にドアさながらに開いて、設えられた階段沿いに俺様はカクテルライトに照らされたリングに招き入れられた。ああいう風に開くんならさっきのマリアの時にも開けてくたって良いじゃねえかよ、神龍のケチめが。
でも、もうこうなったら考えるのはヤメだ。闘いの中でハッと気づく場面もあるのかもしれないし、まずは闘いに集中しなくっちゃ。精神統一、精神統一。俺様は赤コーナーのリングにもたれて静かに眼を閉じた。
「次に青コーナー、人にして人に非ず、狼にして狼に非ず。
現代の奇跡、南アルプスで狼の群れを率いる人狼、
ウェアウルフ選手の入場です!」
赤コーナー同様鉄格子が軋む音が聞こえたと思うと、辺りを危険なオーラが支配し始めた。俺様がゆっくりと固く閉じた眼を開くと、青コーナーにウェアウルフ、その背後の鉄格子越しにリンダが同じように舌なめずりをして立っている。
ヒートするはずの決勝戦のゴング直前だってのに、張り詰めるようなほ緊張感に観客席は水を打ったような静けさに包まれていた。開かれた鉄格子が元通りに戻されて、本部席の神龍がゴングの前、木槌を握った。
【To be continued.】
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