俺様とマリア volume.63 1+1の分からぬ馬鹿
担架で運ばれていく元ゴクに俺様は、リングサイドで握手を求めた。超合金ニューZという金属が仕込まれたはずのその手はちっとも冷たくは無く、むしろ俺様はそこに奴のぬくもりを感じた。
「粉砕骨折しちまったこの両手はしょうがないにしろ、
それ以外の超合金はもう取っ払っちまうことにするよ。
そうじゃねえと、新しい風景とやらが見えてきそうにねえからな。
じゃあな、へへへ、プオタのEノイズさんよ。
狼野郎なんかに負けたら承知しねえぞ」
(へっ、相変わらず口の減らない野郎だぜ)
花道を運ばれていく元ゴクを見送ると、俺様はリングサイドの特別席に案内された。言わば相撲の勝ち残りのようなもので、これから準決勝第2試合のウェアウルフの一戦を目の前で観戦できる訳だ。ふかふかのソファの前のテーブルには、酸素やサプリメント、ドリンク剤の類が山ほど用意されている。流石に決勝進出者の扱いは大したもんだ。
さて、ウェアウルフに対する相手は、2回戦で幕内力士をハイキックで葬ったヘビー級の現役ムエタイランカー、チャンプア・ゲッソン・なんとかって奴。並の異種格闘技戦だったらマニア垂涎の幻の強豪となるんだろうが、ウェアウルフやB・B、そして元ゴクみてえな常識はずれの怪物を目にしちまうと、どうにも役者不足の感が否めやしない。どうやら観客も俺様と同じらしく、興味と言ったらもっぱらウェアウルフにB・B戦のダメージがどれだけ残っているかばかりで、準決勝だってのに今ひとつ盛り上がりにも緊張感にも欠けている。
「ただ今より準決勝第2試合、両選手の入場です」
アナウンスの後も暫くざわついていた場内が、一瞬にして水を打ったような静けさに包まれた。リンダに付き添われたウェアウルフが花道奥に姿を現したからだ。観客の目が釘付けとなる。足取りは、うん、軽そうだ。2時間近いインターバルでB・Bの掌底による脚へのダメージは回復しているようだな、ありがてえ。どうせやるんなら、あの糞いけすかねえリンダが文句のつけようが無いように、俺様は万全の状態のウェアウルフを完膚無きまでにぶっとばしてやりてえんだよ。
リングに上がったリンダは、特別席の俺様を目ざとく見つけると、案の定またご丁寧に粉をかけてきやがった。こいつのこの性格の悪さとしつこさ、マジ何とかして欲しいよ。
「おやおや、そんなとこで偉そうに踏ん反り返ってるから、
どこのどなた様かと思ったら、根無し草の俺様、Eノイズじゃないか。
素人の喧嘩屋がここまで残るなんて大したくじ運だわね。
でも、さっきの試合であんな超合金のポンコツロボットに苦戦して、
新必殺技を出しちまったところで、いよいよアンタも運のつきさ。
ははは、まさか準決勝でアンタの奥の手を見せてもらえるだなんて、
アタシも坊やも思ってもいなかったわ、ははは、ありがとね。
これでエディのじじいとの秘密特訓も水の泡って訳だ。
だって、ご存知の通りウチの坊やときたら、
1度見たものは完全に自分のものに出来ちまうんだからさ。
つまり、あの技の弱点さえも既に全てお見通しってことよ」
確かにこれはリンダの言う通りだろう。決勝戦、SSDは相当警戒されるに違いない。まあ、それも仕方ねえさ。一歩前に出たリンダは、引きつったような笑顔で小さく溜息をついて続けた。
「それよりアンタさ、さっきのリング上での会話はなあに?
クククク、新しい風景?ど真ん中?
聞いてるこっちが恥ずかしくなるような青いこと言ってんじゃないよ。
酸いも甘いも噛み分けた新宿のいい年した大人がさあ・・・
しかも、アンタはそのつまらない青春ごっこのおかげで、
アタシらに手の内を晒しちまったんだから全くお粗末なもんだよ。
どうしてもああいったお涙頂戴がやりたいんだったら、
花園神社の酉の市で天幕でも張って爺婆相手にやるんだね。
しかし、なんでアンタは分かろうとしないんだろうね?
ここは新宿なんだよ。
やさしさや正義は、即命取りになるんだ。
人が全ては利で動く街なんだよ、ここは。
ゴールデン街の時だってそうさ、神龍ファミリーの誘いを袖にしやがって。
どっちが得かだなんて新宿幼稚園の年少さんだって分かるだろうに。
だからアンタは、底なしの馬鹿だってんだよ。
1+1の計算が出来ないアンタが、アタシにゃ信じられないよ」
よくもまあ、人の神経を逆撫でするような台詞がポンポンと出るもんだ、関心しちまうよ。ふん、でもお生憎様だよ。馬鹿で結構さ。結構毛だらけ猫灰だらけだよ。だってそうだろ?まともな人間が1人の女のためだけに、化け物みたいな連中と新宿の地下6階で命懸けの闘いが出来るかってんだよ。俺様は1+1の計算が出来ねえ大馬鹿モンがお似合いなんだよ。
【To be continued.】
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