俺様とマリア volume.53 ダスティン・ホフマンになりてえ
マリアが綺麗だ。とても、とても綺麗だ。控え室のモニターの中、一点の汚(けが)れも無い純白のウェディングドレスに包まれたマリアの美しさは、かつて様々な美女に使われてきた数々の賞賛の語彙が、とんでもなく微力で薄っぺらなものに感じられるほど神々しく、観客全員の心をまさにレーザービームさながら、一瞬で強烈に射抜いちまった。マリアの魅力に溺れた観客の口から漏れ出すのはもう言葉ではなく、溜息以外には何もない。
次の瞬間、俺様は無意識のまま控え室のドアを蹴破って、薄暗いリングへの通路を駆け出していた。
「マリア、マリア、マリア・・・」
マリアの名前をまるで呪文を唱えるように繰り返し猛烈な勢いで走る俺様を見て、花道に続く通路に陣取った警備員数名が、これを静止せんと次々に躍り出る。
「こ、ここから先は現在通行禁止です。
ご来賓の方々がお食事中ですので・・・」
俺様は「ふん」と鼻を鳴らすと、エディのおっちゃんとの野良犬特訓で何万回と繰り返した究極のステップワーク「エイトマン」で、瞬間的に方向を変えながら更に加速をする。正面から相対していた警備員の視界から一瞬で抜け出した俺様は、恐らく奴の眼には消えちまったように見えたに違いない。そして俺様は更に制止しようと押し寄せる2人め、3人め、4人めの警備員の視界からもことごとく姿を消して見せると、唖然とした奴らを尻目に花道へのドアを開け放した。
「マ、マリア・・・」
すり鉢状の闘技場の中、花道から一直線の鉄格子に囲まれたリングの向こう正面中段に、眩いばかりのピンスポットが浴びせられ、その中心には自らが光を放つように佇むマリアがいた。モニター越しに見るよりももっと、もっと、もっと綺麗だよ、マリア。薔薇のようなマリアの唇が、微かに開いた。唇の動きを追ってみる俺様。
(E坊・・・)
呼んでいる、マリアが俺様を呼んでいる。
「マリア、マリア、マリア―――ッ!」
俺様は大声でマリアの名を叫びながら花道を再び疾走する。マリアを映し出すピンスポットへ。もう誰にも止められやしねえぞ。ところが、切り取られたはずの闇の中から現れる人影、神龍だ。奴はマリアの横に眩しそうにして立つと俺様を見下ろして言った。
「おいおいEノイズ、それじゃあまるで腹減らした野良犬が
餌を目の前にしてがっついてるみてえだぜ。
惚れた女の前なんだからよ、もうちょっと格好よくしたらどうなんだい?」
リングサイドまで歩を進めた俺様は足を止め、鉄格子のリングを挟んで神龍と対峙した。
「うるせえ、てめえで種蒔いといて調子こいてるんじゃねえぞ。
こうなったらもうウェアウルフもトーナメントも関係ねえ。
俺様はマリアさえいてくれたらそれだけでいいんだ。
この場でてめえとリンダの2人ぶっちめた後、
ダスティン・ホフマンの『卒業』気取って花嫁姿のマリアと2人、
こんな腐った新宿の街からおん出てやらあ」
言い放った俺様の背後、花道の奥から声がした。
「アンタ、本当にそんなことが出来るとでも思ってんのかい?
そんなに単純な構造の頭じゃ、さぞかし人生も楽しいだろうね」
またしゃしゃり出てきやがった、この嫌味な口調。さっきあんだけ神龍に釘を刺されたってのに、リンダの女狐の野郎だ。
【To be continued.】
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