俺様とマリア volume.51 B6Fの喝采
ウェアウルフがうつ伏せのB・Bに馬乗りになったところで、頬の辺りをキリキリと引きつらせたリンダが「ウエイト」と声を掛けた。「ぐるるる」と喉を鳴らしてお座りの姿勢を取るウェアウルフには、ちょっと笑わされちまう。
「ふふふふ、どうやらチェックメイトね、チャンプ。
どう?土下座でもして命乞いする?
それとも誉れ高き王者のまま最期まで闘って犬死する?
ははは、このまま放置してじわじわと失血死させてやろうか」
どうやらリンダはさっきの「おばさん」呼ばわりがよほど腹に据えかねているようで、このままただのKOで終わらせるつもりなど更々ないらしい。ただでさえサディストのリンダが、これからどれだけの残酷ショーを繰り広げるんだろうと、観客らは一様に怪訝そうな表情を浮かべる。しかし、B・Bはあくまでもクールだった。
「俺はタップなんかしねえよ。
てめえの好きにすればいいさ。
でも、きちんとトドメ刺しといた方がいいぜ。
神龍にゃ恨みなんてねえが、女狐、てめえだけは許さねえ。
万が一、今後てめえを見かけるようなことがあれば、
街中だろうが、ポリの前だろうが、必ずこの拳でぶっ飛ばす、必ずだ」
「おやおや呆れた。
アンタ、まだ生きてリングから降りられるつもりでいるのかい?
アンタら渋谷の半端モンとアタシを一緒にしないでおくれ。
アタシが死ぬと言ったら、アンタは間違いなく死ぬんだよ。
さあて坊や、この屑をどうしてやろうかねえ」
その時だった。
ガシャアアアァァァァン
リングを見下ろすように本部席で立ち上がった神龍が、無言でブランデーの瓶をテーブルの角に叩きつけて粉々に砕いた。神龍が本当に怒った時ってのは、いつだってこんな風に静かで青白い顔になる。ここにいる誰もがそれを知っているものだから観客席は水を打ったように静まり返っちまって、誰かの唾を飲み込む音がごくりと聞こえるほどだ。
「リンダ、お前は随分とお喋りが過ぎるようだな。
狼の威を借りた秘書風情があんまり調子に乗って、
男の闘いの世界に首を突っ込むんじゃねえ。
お前は俺の指示通りに黙ってウェアウルフを操ってりゃいいんだ。
2度とは言わねえ、いいか、わかったな」
リンダは一言も発せられずに眼を剥いている。ある意味こうなった時の神龍の恐ろしさを一番知っているのは、このリンダなのかも知れない。
「それと・・・」
そう言って神龍はB・Bに視線を向けた。
「渋谷の最強王者B・B。
相手は現役特殊部隊を子供扱いしたウェアウルフだったんだぜ?
俺は試合になんてならねえと思っていたんだよ、最初は。
で、でも、よくぞここまで奴を追い詰めた。
本当に驚いちま・・、いや、正直に言おう。
俺は感動しちまったんだ、震えが止まらねえほどによ・・・」
思いがけない神龍のスピーチに、観客席がざわつき始めた。しかし、この神龍の思いは俺様にも分かる。そう、花ちゃんとの大木戸門での闘いがそうであったように、敵味方を超えて死力の限りを尽くしての闘いは、血生臭くて暴力的などころか清々しく、神々しくさえある。まさにこの一戦も、そんな究極の闘いだった。頬に赤みの戻った神龍が続けた。
「なあB・B、この試合結果は俺に預からせてくれねえか?
確かに、今回の大会のルールには無えんだけれどよ、
俺の、主催者の権限で、TKOという結果にさせて欲しいんだ。
いいかB・B、お前はこんなところでよぉ、
つまんねえ意地のために死ぬべき人間じゃねえんだ。
俺たちとは違うんだ、こんな地下で燻ってる人間じゃねえんだよ。
それは、ここにいる誰もが分かってるんだ。
お前は表に出て、もっとでっけえ夢を見るんだよ、なあB・B。
だから、TKOはその時の為の、俺たち新宿からのプレゼントだ。
どうだい、受け取っちゃくれねえか、B・B・・・」
ざわめきから一転、再び静まり返った闘技場の片隅、誰かがそっと手を叩き、誰かが足を踏み鳴らした。やがてそれはいくつもの歓声となり、押し寄せる波のように幾重にも重なり合って地下6階に響き渡った。拍手が、足踏みが、歓声が、それぞれの心が渦巻いている。そこには陰の世界も陽の世界も無い、魂の喝采が満ち溢れていた。意識が遠のいていくのか、溢れ出る涙を隠しているのか、B・Bが顔を伏せたまま右腕を掲げ、親指を突き立てた。神龍が静かに打ち鳴らしたゴングの音が、俺様には教会の鐘の音に聞こえた。
【To be continued.】
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