俺様とマリア volume. 36 道場破り撃退屋
リング一面に散りばめられたガラスの破片を見て、俺様は1938年11月、あの忌まわしい「クリスタル・ナハト」、ナチスドイツの官製暴動「水晶の夜」を連想していた。その一夜からあの国は、ホロコーストに向け転がり落ちていった。クラッシュド・グラス・デスマッチ。この一戦を経て俺様は、一体何処に向かって転げ落ちていくというのだろう。
な〜んてね。ナーバスになるだなんて俺様らしくねえぜ。しんみりとしてちゃいけねえよ。俺様が行く道は、全てマリアに通じている。行き着く先は俺様の女神、マリアに決まってるじゃねえか。
しかし、このカクテルライトに輝く夥しい瓶やグラスの破片ってやつは、通常のガラス板を使用したプロレスのデスマッチに比しても、その美しさに反比例して余りにも危険だ。なぜなら、ガラス板は平坦ゆえにその破片の切り口は水平方向を向いているんだが、このリング上の欠片たちときたら、その厚みのある切り口を自分勝手に八方へ向けてやがる。中にはご丁寧に底だけを残したウイスキーのボトルが、剣山よろしく鋭い切っ先を垂直に突き立てていたりする。こんなところに投げられでもしたら一体どうなっちまうんだろう。
恐らくデスマッチで出来たんだろう、体に無数の傷跡を持つ対戦相手のプロレスラーは、スキンヘッドにちょび髭、黒のロングタイツ姿のクラッシャー桜田だ。専門誌で時折見かけるインディー団体新宿プロレスの中堅選手なんだけど、誌面で見る限り勝ったり負けたりで、正直さほど強いと言った印象はなかった。
そんな奴がこの過酷なトーナメント1回戦を、よく勝ち抜いてきたもんだと思っていたんだが、これが見掛けとは大違いの1回戦の勝ちっぷりだったらしい。自分の直後の試合だったんで、俺様は直接観ることは出来なかったんだが、聞いた話じゃ、対戦相手の新宿カリスマヤンキーに殴らせるだけ殴らせといてから、ニヤリと笑うと張り手1発だけでぶっ飛ばしてパイルドライバー。もう既にグロッギー状態のヤンキーを無理矢理引きずり起こしてラリアット。気絶したヤンキーをご丁寧に逆エビ固めで目覚めさせてから「参りました、許してください」と言わせたというから、かっこいいじゃねえか。しかし、相手のカリスマヤンキーってのは、所詮素人って言やあ素人なんだけどな。
ガコッ
俺様の品定めするような視線を察してか、クラッシャー桜田はマイクを投げ捨てると俺様に近寄ってきた。
「おい、イーノイズとやら、てめえレスラー舐めてたら大火傷すんぜ。
どうせプロレスは八百長だの、ブックがあるだのって、
訳知り顔のオタクがほざいてるのを真に受けてんだろうが、
いいか、よく聞け、プロレスの団体ってのはな、
ありゃ、スター選手を中心とするファミリー、一座だ。
だから俺達は、客が入るようにスター選手に気を使う。
まず、生活ありきって訳だ。
だからな、花のない俺みてえな選手は、
客が喜ぶように勝ったり負けたりしなきゃなんねえって訳だ。
しかしそれこそはな、実力が無けりゃできねえ話なんだよ。
なぜかって?当たり前だろ。
どの団体が、実力が無くて負けてるだけの奴を雇うよ。
俺には俺の実力に見合った役割ってモンがあんだよ」
俺様もいちプロレスファンとして、その辺の理屈は分かってるつもりだ。プロレスってのは究極の肉体と技術と精神、そして頭脳を駆使した極上のエンターテイメントだと俺様は思っている。
「桜田さん、プロレスエンタメ論、分業論は分かったよ。
でも、だからってさ、それとあんたが強いかどうかってのは、
全く別の話じゃねえか?」
ちょび髭の桜田は、にやりと笑うのだが、それが妙に自信ありげに、余裕綽々なんでやんの。
「ククク・・・ そりゃ、そうだ。
だがな、もう少し話を聞け。
俺らみたいなデスマッチを売りにしてる団体は特にそうらしいんだが、
客やプオタの中には、勘違いしてる馬鹿なも多くってな、
この有刺鉄線はゴムで出来てんじゃねえかとか、
ガラスに見えてて、実はプラスチックじゃねえかとか、
デスマッチ団体は、レスリングができねえんじゃねえかだとか、
果ては、自分にも出来るんじゃねえかと思うんだろな?
自称喧嘩世界一やら、自称熊殺しやら、猫殺し、
レスラーを舐めて挑戦してくる馬鹿野郎が、
道場には引きも切らねえんだよ、実際」
「そんな連中を片付けてきたっていうのか、あんたが?」
「そう、新宿プロレスの粗大生ゴミ掃除係が、この俺って訳さ。
さっきみたいなヤンキー、やくざモン、空手家、柔道家から始まって、
総合格闘家、相撲取り、ボクサー、米軍兵士、自衛官、警察官、
仕舞いにゃ、爺さん婆さんや、おばちゃん、ガキどもまで、
都合3000人超、一切妥協無しで、片っ端から全てぶっ潰した。
勿論、一切の責任は私にありますって念書をとってからな。
で、そんな俺に付いた通り名が、道場破り撃退屋さ」
クラッシャー桜田はもう1度にやりと笑った。
【To be continued.】
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