俺様とマリア volume.34 狼と女狐
大方、神龍ファミリーの三下なんだろう。白衣は着ているもののスカーフェイスにサングラス、救護班というにはあまりにも人相の悪い野郎どもが、顔を引きつらせて血だらけで呻いている迷彩服の男を担架で運んでいった。客席は相変わらずしんと静まり返ったままだ。
その間ウェアウルフの野郎は、まるで狩りの後の毛づくろいでもするかのように、静かに鋭い爪先についた血糊を一人舐めている。どうやら10日間に渡る神龍の「訓練」の成果でウェアウルフも、1度目のゴングで狩りが始まり、次のゴングで狩りを終えなければならないということは理解できたのだろう。しかし、エディのおっちゃん以外に、野生そのままだったウェアウルフを短期間でここまで仕込めるトレーナーがいたとは驚きだ。俺様がそう思ったその時、俺様の背後から聞き覚えのある甘ったるいけれども氷のように冷たい声がした。
「よくできたわね、私の可愛い坊や。
さあ、ママのところにおいでなさい」
振り向くとそこには俺様が思ったとおり、あのリンダがスタンガンを片手に恍惚の表情で手招きをしていた。
「き、貴様・・・」
いきり立つ俺様のそのすぐ脇を、なんてことだい、鉄格子を出たウェアウルフの野郎が魂を抜かれたようにフラフラと通り過ぎていくじゃねえか。こんなんじゃあ開会式の抽選の時にも気づかなかったわけだ。リングの上とは別人。まるで腑抜にさせられちまったようで、殺気なんてありゃしない。すっかりまいっちまったウェアウルフの野郎はにっこりと笑って、
「ぐるるるるる・・・・」
周囲の目をなんら気にすること無くリンダの胸に顔をうずめるや、犬や猫が甘えるように喉を鳴らしながら、しきりに鼻っ面の辺りをリンダに押し付けている。
「Eノイズ、どうだい?
アタシもなかなか大したもんだろう?」
「おいおいリンダ、冗談じゃねえぜ。
花ちゃんでは飽き足らずに、野生の狼までたぶらかすとは、
この女狐にゃ尻尾が9本生えてんじゃねえのか?」
リンダはいつもの蔑むような冷たい微笑を漏らして、俺様を指差した。
「ふふふふ、相変わらず口だけは達者だね。
でもね、アンタじゃアタシの坊やにゃ勝てやしない、絶対にね。
あのエディ丹前に何を教わったか知らないけど、
そんなもの何一つ通用しやしないよ。
アンタも同じだよ、師弟揃ってアンタも、
あのエディのじじいと同じボロ雑巾みたいにしてあげるよ」
「て、てめえ、エディのおっちゃんを・・・」
リンダはウェアウルフの鼻っ面を、人差し指でゆっくりとなでながら言った。
「神龍さんの誘いを蹴って反対のコーナーに立つってことが、
どれだけ世間知らずで考えなしの甘ちゃんだったかを、
アタシの坊やがアンタに骨の髄まで分からせてあげるよ。
Eノイズ、てっぺん、そう決勝まで、
必ず上がってくるんだよ、いいね?」
リンダに抱かれたウェアウルフがゆっくりと通路に姿を消すと、凍りついていた観客席の静寂がようやく溶け始めて、それが静かなざわめきになっていった。そして、各々が目の前で起きたことが確かに現実であったと確認しあうにつれてそれは益々ヒートアップし、やがて凄まじい大歓声から闘技場を揺るがすスタンディングオベーションとなった。中にはリンダの名を連呼している奴もいやがる。
(チェッ!気にいらねえな。
俺様の時の歓声より数段でかいじゃねえか)
しかしその一方で、あまりの凄惨さに席を外す御仁も見受けられたが、悪いことは言わねえよ、これくらいの試合に耐えられねえんじゃ、この街でなんかとても生き抜いちゃいけねえ。あんたらのその「やさしさ」は、この街じゃ重荷にこそなれ、なんの役にも立たないし、もしかしたら命取りになりかねやしない。牙をもたない草食獣は、早々に荷物まとめて田舎に帰った方がいいんだ。なんたってここは、「新宿」なんだから。
【To be continued.】
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