俺様とマリア volume.32 氷の殺意
秘密のコロシアムの歓声が鳴り止まない。歓声は拍手から手拍子へと変わり、最後は足踏みによる重低音ストンピングの嵐となった。もちろんそれは、俺様への最大級の賞賛に他ならない。
恐らく長い地下闘技場の歴史の中でも、これだけ完璧なスープレックスでの決着は、後にも先にも俺様以外にいないはずだ。しかも、ブン投げられた相手ってのが、裏拳闘新宿ヘビー級王者デュラン黒川ってんだから、客も目ん玉飛びでるくらいの大感動ってわけだ。
俺様の本職は食えないバンドマンだから、歓声ってヤツは嫌いじゃねえ。俺様は右手の拳を高く掲げて歓声に応えると、控え室に向かう暗い通路に向かった。拳を下げた俺様が、係員が開けた通路へのドアをくぐろうとした・・と、その時!俺様は、背後に射すくめるような激しい視線、いや、視線なんて生やさしいもんじゃねえ。殺気だ。殺意に満ちて鋭く尖った、まるで氷のナイフみたいな空気を感じた。
慌てて振り返った俺様だったが、そこには相変わらず興奮した夥しい数の観客が声を張り上げているばかりで、氷の殺意の主は見当りそうもない。
(今のは、もしかして・・・・)
俺様の首筋に、冷たいねっとりとした汗が流れる。
「ほ〜う、シロウト格闘家にしちゃぁ、
なかなかいいカンしてるじゃねえか」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはサングラス姿のあの野郎がスカして立ってやがった。
「じ、神龍!てめえっ!」
「よう、Eノイズ、ゴールデン街で振られて以来だな。
へへへヘ、とんだ行き違いで俺の雇ったトレーナーが、
貴様の味方についちまったらしいじゃねえか、参った話しだぜ。
まあ、あの田舎モンのじじいは、貴様と別れたあのすぐ後に、
へへへ、早速さらわせてもらったがな・・・」
「な、なんだとぉ?
エ、エディのおっちゃんをどうしようってんだ!」
掴みかかろうとした俺様だったが、やっとのことでそれを思いとどまった。大会主催者に暴行でもしようモンなら、このクズ野郎は俺様に即失格を宣言しかねない。俺様はマリアを、この手で救い出さなけりゃならねえんだ。神龍は勝ち誇ったようにニヤニヤと笑ってやがる。
「お蔭で貴様を潰す為の情報は漏れちまうし、
ウェアウルフの奴ときたら、まだ調教されていねえ野生のまんまさ。
主催者の俺としちゃあ、対戦相手はしょうがないとしても、
客に死人が出なきゃと願うばかりさ。
くっくっくっ、ふはははははは・・・・」
俺様は神龍の狂気に満ちた顔を、奥歯を噛み締めたままじっと睨んでいた。
「貴様が感じた通り奴、ウェアウルフは、
会場の何処からかじっと貴様を眺めている。
それこそ野生のカンなんだろうな。
戦いの前、と言うより、奴にとっては狩りの前の今、
奴は不気味なほど大人しくしてるよ、舌なめずりをしながらな。
人にして人に非ず、狼にして狼に非ず。
その両者を超越した存在ウェアウルフ。
さあて、そんな怪物みたいな奴を相手にして、
何人の男があの鉄格子の中から生きて娑婆に戻れるだろうな。
へへへ、あのじじいは、優勝の副賞の副賞にでもしといてやる。
まあ、せいぜい頑張るんだな、Eノイズさんよ」
【To be continued.】
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