俺様とマリア volume.14 蘇るステゴロの花
これがさっきまで水飴がとろけきっちまったような笑顔をしてた、あの花ちゃんと同一人物だとは、とても俺様には信じられねえ。いや、こりゃあまるで埴輪みたいな大魔神が、突如怒りモードにスイッチ・オンしちまって、更にこめかみの青筋がブツンと音を立てて切れちまったような、そんな顔つきだぜ。
花ちゃん、俺様の眉間の皺のこと、会うたんびにあれだけ「やめろ」って言ってたけど、今のその顔、鏡に映して見せてやりてえよ。
「花ちゃん、俺達、友だちだろ?
嘘じゃねえんだ、俺様を信じてくれ。
花ちゃんは、神龍の野郎にはめられてんだよ」
俺様の台詞を聞いた花ちゃんは、気持ちを落ち着ける為か、一旦俯き加減に目を閉じてから、俺様、そしてリンダの順にゆっくりと視線を移した。
俺様は視線を片時も逸らすことなく花ちゃんを見つめていたんだが、リンダの奴ときたら金髪ボブカットに黒のエナメルコートなんてハイカラな格好してるってえのに、悲痛な意地らしさを湛えた泣き顔を見事に演出して、花ちゃんの男心にビンビン沁み込ませている。花ちゃんはそうと知らずに、愛しげにリンダを見つめ返す。流石は神龍に特命を与えられるだけの実力者、第一秘書のリンダだ。傍(はた)から見たら悪いのは、絶対俺様の方に見えるに違いない。
案の定それを見た花ちゃんは、かつてのステゴロの戦闘準備、腰の手拭いを右の拳にバンテージのように硬く硬く巻き始めた。
「ステゴロ」とは、素手のゴロマキ。つまり道具を持たない喧嘩のこと。おでん屋を始める前の花ちゃんは、伝説の喧嘩師として「ステゴロの花」の異名を新宿ばかりじゃなく、渋谷や俺様がいたブクロの辺りにまで轟かせていた。ブクロでトンガってた俺様がつまらない理由から花ちゃんと喧嘩して、それからお互いの強さにシビレて友だちになったのは、その頃の話さ。それが花ちゃん、仲良しで恩人だったおでん屋のカトさんが4年前突然死んじまった時、末期の言葉であの屋台を託されたらしい。ってのは噂で聞いたんだけど、花ちゃん自身は未だに自分からは多くを語ろうとしない。でもそれからこっち、花ちゃんの異名は神隠しにあったように、ぷっつりと聞かれなくなっちまっていた。つまり、花ちゃんには4年近いブランクがあるはずだった。
「花ちゃ・・・」
ぶんっ!
花ちゃんの肩に手をかけようとした俺様の左の頬に突風のような風が吹きつけた。花ちゃんの威嚇射撃の右ストレートだった。4年間のブランクがあるんじゃないかと高を括りかけていた俺様の考えが、とんでもなく甘いものだったと反省させるに充分お釣りの来る一撃だった。こいつは以前より本格的なトレーニングをしてるみてえだぞ。例えば、ボクシングジムとかで・・・
「もう喋んじゃねえ、ゴングだ。
次は遠慮なく当てるからな・・・」
花ちゃんは両腕でガードを固めると、頭を振って俺様を下から見上げるように構えた。かのマイク・タイソン、ホセ・トーレスでお馴染みのボクシングのピーカブースタイル、直訳すると「いないいないばあ」スタイルだ。
「は、花ちゃん、ちょっと待ってくれ。
俺様は、花ちゃんとは、やりたくねえ。
う、うおっ!」
ぶんっ!ぶうぅんっ!
俺様の言葉を無視して、ワンツーが飛んできた。そ、それにしても、なんてえパンチだ!俺様はウィービングして紙一重でかわしているものの、並みの奴が両腕でガードなんてした日にゃ、上腕ごと粉砕骨折間違いなしの威力だぜ。
だ、駄目だ、やられる前にやらなきゃ。かわし続けるなんざ、とっても無理だ。反撃に出なけりゃ。で、でも、その機会が窺えやしねえ。
「ふん ふん ふんっ!」
シャ シャ シャッ!
お次は、ジャブのトリプル。俺様は慌ててステップバックする。こりゃあ、なんてえ切れと速さだい。微かに空気が焦げるような匂いがしたのは、気のせいじゃあるまい・・・
ザザッ! シュッ シュッ !
「おっと、危ねえっ!」
ショ、ショートアッパー。ちっ、懐に潜り込まれたらお仕舞いだぞ、何とか距離を取るんだ。でも、詰められる毎にステップバックしたもんだから、あっという間に券売機の脇まで追い詰められちまった。
(やべえ、後がねえ・・・
もう、反撃するっきゃ、ねえ。
しかし、どうする?
パンチの打合いじゃ、100%勝ち目はねえ!)
俺様はまだガキの頃正座をして見た、あの伝説の異種格闘技戦のことを思い出していた。世界中が15Rの1秒1秒、2人の一挙手一投足に釘付けとなった、あの1976年6月26日の日本武道館での死闘のことを・・・
「だっしゃああぁぁぁっ!」
ザザッ バシイィィィッ
俺様は大きく叫ぶと左足を一歩踏み出して、スライディングをしながら強烈な右ローキックを花ちゃんの左膝裏へ叩き込んだ。花ちゃんをぐらつかせた俺様は、そのままの尻餅をついたような状態で手招きをする。これぞプロレス対立ち技系格闘技の究極の攻防、誰が呼んだか「猪木アリ状態」である!
【To be continued.】
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