俺様とマリア volume.7 チャリンコ・カーチェイス
「マリア、大丈夫か?」
俺様は汗ばんだマリアの手を引っぱりながら、目立ってスピードが落ちてきたマリアに一瞥をくれた。
「はあ、はあ、もう・・・、死にそう」
マリアは、本当に苦しそうだった。
「日頃の鍛錬が足りねえんだよ。
若いのに運動不足は、いただけねえな。
でも、もうすぐだ。頑張れよ、マリア!」
俺様たちは靖国通りの車の流れが見える位の所まで来ていた。問題は、あの糞長い信号待ちだ。あそこで足踏みしてんのは、神龍の子分どもに見つけてくれって言ってるようなもんだ。
さてどうする。四谷方面に折れるか?いや、靖国通り沿いは、絶対にマークがきついはずだ。じゃあ、サブナード、地下街に潜るか?いや、地下はそれこそ袋のねずみ、逃げ場が少なすぎる。JR新宿駅方面は、本当に避けるべきなのか?
答えが決まらないうちに、星座館ビルを過ぎ、区役所にかかり、そして、角のミスドが見えてきた。靖国通りは、もうすぐそこだ。
マリアは?ぜいぜい言ってやがる。元コマの裏から500メートル、それこそ全力疾走だったからな。もうこれ以上、走らせるのは無理か?
いろいろな思惑の中、俺様とマリアは、ついに靖国通りに出た。
信号は?糞がっ!やっぱり思ったとおりの赤だ!どっかに路駐のバイクでも転がってねえか?ねえっ!歌舞伎町に一晩バイク置いてくなんざ、どうぞ持ってって下さいって言ってるようなもんか。せめてチャリンコでもありゃあな。
「チャリンコ・・・」
俺様の口を衝いてそんな言葉が飛び出した。そう言やぁ、歌舞伎町とゴールデン街を分ける遊歩道の辺りに、1・2台放置自転車があったような気が・・・
「よおし、左折だ!」
俺様とマリアは、UターンならぬVターンをする格好で、遊歩道を再び駆け出した。
「めっけたぞ!」
そこには、俺様の思惑通り2台の放置自転車があった。1台はお洒落な籐の籠の付いた銀のヤツ。もう1台は錆だらけの蕎麦屋の出前持ちが乗るようなヤツ。
ガコッ!
俺様は遊歩道の脇の植え込みから手ごろな大きさの石を手にすると、迷わず出前チャリの鍵を吹っ飛ばした。
「えーっ、いやだぁ!お洒落な方がいいっ!」
マ、マリア。お前って奴は、本当に馬鹿で、可愛い奴だなあ。俺様は、鍵を外しながらマリアに言った。
「マリア、よく聞けよ。
新しいタイプのワッカみてえな鍵は壊しにくいし、
第一、お前が座る荷台がないじゃねえか。
さあっ、うだうだ言ってねえで、後ろにまたがるんだ」
マリアはむくれながらも、お姫様みたいに両足を揃えて荷台に腰掛ける。
「な、なんて座り方してんだよ。
バスケット持ってピクニックに行くんじゃねえんだぞ!
何の為にジーンズに穿き替えたんだよ!
荷台にまたがるんだよ!」
マリアが観念して座り直すのと、
「いたぞ―――っ!」
というダミ声がしたのは、ほぼ同時だった。
キキキキイイイィィィィ―――ッ!
こ、こいつはやべえ!ベンツにハコ乗り、ポン刀振りかざしたパンチパーマの親父が、遊歩道に向かって急カーブ切ってきやがった。
「くらあぁぁ!逃げんと待っとれえぇぇ!」
やだよ、誰が待つかよ。俺様はペダルにかけた右足にググッと力を込める。一瞬、前輪が浮き上がり、マリアと2ケツのチャリは、ウイリーのまま全速で発信した!
「マリア、振り落とされるんじゃねえぞ。
がっちり掴まってろよ、へへへ・・・」
俺様は革ジャン越しの背中にマリアの柔らかな膨らみを感じて、ちょっと嬉しい自分自身に気がつく。おいおい、喜んでる場合じゃねえぞ。
確か、ここを抜けて右折すると・・・。そうそう、明治通りにぶつかる。運良く渡れりゃ、いや、今は工事中のはずだから片側2車線。突っ込んででも渡ってやる。そうすりゃ、日清食品から文化センター通り。あそこを右に入ると新宿5・6丁目。あの辺りは、バブルの地上げ失敗で、昭和のまんまの町並みが続くタイムスリップ地帯。ごちゃごちゃした路地だらけだから、まずベンツは入ってこられねえ。
「よっしゃあ!」
脱出ルートが決まると、ペダルを漕ぐ足にも自然と力が入る。ベンツは狭い遊歩道の中、スピードを出し切れずにいる。驚いたことに、チャリとベンツの差は広がってきている。
「阿呆が、もっとスピード出さんかい!
ベンツの1台や2台、潰してもかまわんわい!」
ポン刀親父が真っ赤になって怒鳴ると、ベンツがガリガリというボディを擦らせる音とともにスピードを上げて、瞬く間に背後に迫ってきた。
「おらおらぁ!追い詰めたぜえ!
ひぇっひぇっひぇっ・・・」
狂気に満ちた笑い声をすぐ背後に聞いて、俺様はチャリを右に左にと倒す。ローリングするチャリの上を
ブンッ
というポン刀の空気を切り裂く音が聞こえる。
ブンッ ブンッ ブンッ
くそったれえぇ!パンチ親父、頭の螺子が吹っ飛んじまってるよ。生け捕りじゃなかったのかよ。でも、もう少しだ!
「マリア、あと10メートル!
パワードリフトで振り切るぞおぉぉ!」
俺様はT字路の出口5メートル前からチャリを右に寄せると、思い切り体勢を右に倒す。
ギャギャギャッ ザザザザザ―――ッ!
前後輪が悲鳴を上げて、倒れたままの体勢でスライドして正面の壁に迫っていく。
「キャーッ!ぶ、ぶつかるゥ!」
マリアの悲鳴。しかし俺様は、今まで以上に思い切りペダルを漕ぎ続ける。猛スピードでスライドしながらも、後輪がようやく路面をグリップし始める。
ギャギャギャギャ――ッ!
遊歩道の出口をまさに力強く滑るように、俺様とマリアを乗せたチャリンコは駆け抜けていった。その後で、
ガコッ! ドサササアァッ
「うぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・」
曲がり切れないベンツの左ミラーが吹っ飛んで、衝撃でハコ乗りのポン刀親父が、窓から道端に落っこちた。俺様の耳に親父の悲鳴が徐々に低く、遠のいていくのが聞こえた。確か、理科の時間に習ったな。こういうのドップラー効果って言うんだったっけ。
【To be continued.】
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