ケンと シロと そしてチビ 第17回
じじいが歩いている。
得意げに ふんぞり返って歩いている。
ゆっくりだけどトーサン、カーサンを引き連れて、どんなもんだって顔して歩いてやがる。でも、その態度とは裏腹に、足取りはあっちへフラフラ、こっちへフラフラとどうにもおぼつきやしない。夕暮れも迫って来てちょっと寒くなってきたし、やっぱり狭い庭とは勝手が違うんだろうなぁ。
トーサンとカーサン、2人とも気が気じゃないって顔してらぁ。そりゃそうだ。もう、まるまる1年ぶりの散歩だもんな。何度も「ケン、大丈夫か?」って声を掛けるんだけど、じじいったら、それがまた嬉しいみたいでさぁ。あの年で「くうん」だなんて言いやがるんだぜ。齢(よわい)18歳のじじいが、笑っちゃうよ。へへへ、後でからかってやろっと。
この1年ぶりの散歩は、俺さまの発案による「出迎え作戦」が、まんまと効を奏したわけなんだけれど、あの時のカーサンの驚き様と喜び様ったらなかったぜ。
「ケ、ケン、どうしちゃったの・・・」
恐らくこの間じじいが立ち上がったのを偶然見たカーサンは、あれだけトーサンに「そんなはずはないだろう」って言われてたんで、あれは自分の見間違いかも知れないって思い始めてたんじゃないのかな。遠くから歩いてるじじいを見つけるなり、よっぽどびっくりしたんだろうな、両手で大きく開いた口を押さえたもんだから、せっかく作ってきた晩飯の皿を落としちまったんだ。で、辺り一面飯粒だらけになっちまったってのに、散らかした飯を気にもしないでじじいのところに泣きながら駆けてくるんだからさ。正直、俺さまが妬けちゃうくらいの嬉しがり方だったよ。まあ、今日のところは、めでてえってことで、カーサンはじじいに譲ってやるよ。
それから、カーサンは大声でトーサンを呼んで、トーサンもカーサンに負けないくらい大いに驚いて、さすがに泣きはしなかったけれど、カーサンに負けないくらい喜んでさ。案の定、散歩に連れて行きたいって言い出したトーサンと、もうちょっと様子を見るべきだって言うカーサンとの間でちょっと揉めて、まずは家の周りを1周ってことに落ち着くまでに、だいたい20分ぐらいがかかった。
そして今、こうしてじじいを先頭にして、トーサン、カーサン、俺さま、シロが連なる、大して広いわけじゃない家の周り1周の大名行列が終わろうとしている。
じじいは、気持ちの上では、もっと歩きたかったんだろう。でも、思っていた以上にくたびれちまったみたいで、嬉しさと、悔しさと、頑張るぞって気持ちを込めたんだろうな、トーサン、カーサンを交互に見つめてから「わうっ」と小さく吼えた。トーサンとカーサンは、へたり込んじまったじじいの頭をしばらくの間交代で撫でていた。
玄関に戻る途中、カーサンがトーサンに小さな声で言った。
「お父さん、ケンったら、こんなに元気になって。
この間聞いたって言うヤブ先生の話・・・
あれって、お父さんの、その、聞き違いなんじゃないんですか?」
「そ、そんなことはないよ。
俺はこの耳でちゃんと聞いてきたんだから。
間違えるはずなんて、ないさ・・・」
「だって、あんなに生き生きしてるじゃありませんか」
「確かに、そうは見えるな・・・」
「じゃあ、ヤブ先生って、きっと名前の通りの藪医者なんですよ」
「そんな馬鹿な・・・
あの先生は、牛や馬だって診てくれるって、
この辺りじゃ有名な腕っこきの先生だぞ。
それに、今まで散々世話になった先生なんだ。
滅多なこと言うもんじゃないよ」
「だって・・・」
「で、でもなぁ・・・
猿も木から落ちるとか、弘法も筆の誤りって言うしな。
もしそうだったら、本当にいいんだけどなぁ・・・」
トーサンの溜息交じりの言葉に、カーサンの瞳から涙が一滴、後からついて行った俺さまの目の前にポタリと落ちた。
《つづく》
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