ケンと シロと そしてチビ 第16回
11月になって紅葉も終わりに近づくと、山合のこの辺りは朝晩ぐんと冷え込む。去年までの俺さまときたら、このくらいの時期から冬にかけては、他の寒がりの猫みたいにコタツの中でぬくぬくとばかりしていて、表に出ることなんかめったになかったけれど、今年はじじいとシロの特訓のお陰で随分と外にいることが多くなった。
シロの奴は自分なりに家猫との一線は引いているようで、あの肺炎の日以降、どんなに寒くたってけっして縁側から中には入ろうとしないし、ましてやコタツになんかには入ったこともない。こう寒いのに本当に大丈夫かと思ったりしたけれど、ちゃっかりとじじいの犬小屋に入り込んでしっかりとふたりで暖まり合ってるみたいだ。
「おっとっと・・・」
「はい、すぐ右。ほら、今度は左。
そうそう、その調子。じいさん、上手いぞ」
(あれっ?じじいとシロの吐く息、白くなってら。
こりゃあ、寒いはずだぜ・・・)
俺さまは今日もいつもの場所、真っ赤な実をたわわにつけた南天の木影から暫くじじいとシロの練習を眺めていた。驚くことにじじいは、この間のロボットみたいなギクシャクした動きから格段の進歩を遂げていて、毎日の練習の度に最長不倒距離をどんどん更新しているらしい。そんなじじいを見ていると俺さまは、ヤブ先生の見立てはやっぱり間違いだったんじゃないかって、淡い期待を持っちまう。
「よお、寒いのに、ご苦労さん。
今朝は一段と冷えるなぁ。
じじい、シロ、どうだい 調子の方は?」
じじいとシロが、いつものように時間差で振り向いた。
「ふぉっふぉっふぉっ。
チビじゃな。
わしのこの雄姿を見て腰を抜かすなよ。
どうじゃ。ほら」
じじいは、そう言うと俺さまの方を見ながら、鎖をぴんと張った2〜3メートルを得意げに周って見せた。その足取りはかなりゆっくりではあったけれど、1週間ほど前に前に2,3歩けて喜んでいた時よりずっとずっと力強くなっていた。
「どうだいチビ。
じいさん、たいしたもんだろう?
もう暫くしたら実践訓練に出られそうだよ」
「実践訓練って?」
「ご覧の通り鎖に繋がれてるまんまじゃ、
どうしても3メートルくらい歩いては、
止まって向きを変えるの繰り返しだろ?
まずは家の周りからでいいからさ、散歩がしてみたいよね・・・」
「さ、散歩かぁ?
いやぁ、久し振りじゃのう・・・」
じじいの顔がぱあっと明るくなった。いつも垂れっぱなしだったじじいの尻尾が、ぱたぱたと元気良く動くのを俺さまは随分久し振りに見たような気がする。
「どうだろう、チビ。
君の方で、トーサンやカーサンに
じいさんを散歩に連れてってもらえるようには、
仕向けられないもんだろうか?」
シロが神妙な顔つきで俺さまを見た。
「俺さまの猫語、
カーサンなら半分くらいなら分かってもらえるけど、
じじいを散歩に連れてってくれってまでは、
人間にゃ、ちょっと難しいかもな・・・」
「そうだよね。
いくら仲がいいって言ったって猫と人間だもんね・・・
せめてじいさんが歩いてるのを
トーサンやカーサンに見てもらえたらなぁ・・・」
なるほど!今まで寝てばっかりだったもうろくじじいが、ぴんと立って歩いているのを見りゃあ、トーサンやカーサンだってびっくりするだろうし、喜んで散歩に連れていこうなんてそんな気になるかもしれない。いや、きっとそう思うに違いないさ。
しかし、シロの言うとおりどうやって歩いてるところをトーサンやカーサンに見せるかなんだ。と言うのもじじいは、こと立ち上がるのだけは、前足から順番に「よっこらせ」ってな具合でけっこうな時間がかかっちまってるんだ。だから、トーサンやカーサンが来たからって、はいどうぞってな風にすぐ歩いて見せられるってわけじゃない。一度立ち上がりさえすれば、歩くのは何とでもなるんだけどなぁ・・・
俺さまは、腕組みをして思案したけれど、なかなかいい案が出ない。と、その時妙案が浮かんだ。
「そうだ、よしっ!いいことを思い付いたぞ」
じじいとシロが俺さまの顔を覗き込む。
「次の晩飯を持って来てくれるカーサンを、
じじいが立って、歩いて、迎えてやるんだよ。
でもじじいは、立つのにも準備が必要だろ?
だから、俺さまはカーサンを見張っていて、
カーサンが晩飯の支度を始めたらすっ飛んで来るから・・・」
「僕とじいさんは・・・」
「立ち上がる準備をしとるわけじゃな?」
「そう言うことだ。どうだ、いいだろ?」
この間じじいが立ち上がった時、ちょうどその場に居合わせたカーサンは、トーサンにじじいが立ったことを慌てて教えたんだけど、トーサンは「カーサンの見間違いだろう」って、てんで信用してくれなかった。きっと今日じじいが歩いてるとこを見たら、カーサンはトーサンを引きずってでも連れて来るに違いない。じじいとずっと散歩していたトーサンが、じじい言うところの雄姿を見たら、どんな風に思うだろうな。
じじいの尻尾が、さっきにも増してぱたぱたと元気よく振られている。
《つづく》
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