ケンと シロと そしてチビ 第14回
駐在所のトラキチがミケちゃんにプロポーズしてから2日が経った。トラキチってのは、よく言うシマネコってやつで、よほどの腹っ減らしの大飯食らいらしくて、まん丸の顔にドラム缶のような図体、体重だけなら俺さまの軽く倍はありそうな4歳だ。
しかしあれじゃあ、ちょっとばかり太り過ぎだよなあ。腹が地面につきそうだぜ。俺さまは想像してみたんだけど、ずんぐりしたトラキチとスレンダーなミケちゃん。ダメダメ、あのふたりじゃ、とても釣り合いなんてとれやしない。悪いけどルックスに関しちゃあ、どう考えても俺さまの方が、一歩も二歩もリードしてるって感じかな。
そんな俺さまのデリケートな考えごとが、しわがれ声の下品な台詞で突然打ち破られた。
「どうじゃチビ。
ミケちゃんとは、その、どの辺までいったんじゃ?」
「ど、どの辺までって?」
一昨日のあのとき以来、もうじじいとシロときたら、まるで井戸端会議やワイドショーの他人様の色恋で盛り上がってるおばさん連中みたいだぜ。
「あの辺もこの辺もあるか、スケベじじいが。
でっけえお世話だよ。
俺さまには俺さまのやりかたがあんだ。
ふん、黙って見てろってんだ」
「でも、既にトラキチに先手を取られたのは事実だろ。
じいさんの言うとおり、まずは攻めに転じて遅れを取り戻さないと」
あのシロまでがこの調子だから嫌になっちまう。
「シロ、お前までどうしたんだ?
俺さまが結婚しようが、ふられようが、お前にゃ何の関係もねえだろ?
お前は自分じゃ人の意見なんてちっとも聞かねえくせに、
俺さまにばっかり意見するんじゃねえよ。
こういうのをいらぬお節介って言うんだよ!」
するとどうだ。突き放したような言い方をしちまった俺さまにシロは、本当に言いにくそうに、そして、少し悲しそうにじじいを見ながらこう言った。
「でも、じいさんが、前に言ってたんだよ。
チビの、チビのお嫁さんを見たいんだって・・・」
「そうじゃ、チビの嫁さんを見んことにゃあ、
わしは安心してあの世とやらにいけんわい。
冥土の土産に是非とも拝ませてもらいたいもんじゃ」
め、冥土の土産だって?俺さまの心臓がドッキンと痛いくらいまで鳴って、俺さまは、目をまん丸にしたまんまじじいを見つめちまった。ぼんやりとしか目が見えなじじいは、そんな俺さまの表情に気づかずに幸せそうに照れ笑いなんかしてやがる。
「チビも覚えているじゃろう。
ウチに来たての頃お前は、わしのことを「お父ちゃん」と呼んでたんじゃ。
わしもチビのことを本当の息子だと思ってた。
その息子の花嫁だもの。
こいつは、わしも是非とも見たいのは当たり前じゃ。
それと、できればなぁ・・・
チビが息子ならその子どもらは、わしにとっちゃ孫じゃろ?
そいつらにも、一度でいいから会ってみたいなぁ」
わかったよ。そういうことだったのかい。じじいは、シロにそんなことを話していたのかい。道理であのいつもスカしてるシロが、今回は妙に焦って、俺さまのケツを叩いてやがるんだ。シロの気持ちも、分からないではないけどさ。でも、結婚はおろか付き合ってもいやしないってのに、いくらなんだって孫ってのは性急過ぎやしないかい。
「じじいは、気が早すぎだよ。
俺さまにも計画ってもんがあるんだから、
まあ、桜の咲く頃を楽しみにしてるんだな」
「本当に任せとって大丈夫かのう?
わしゃあ、奥手のチビが心配でならんのじゃ・・・」
頭に来るなあ。じじいは恋愛指南にかこつけて、俺さまのことを奥手だの根性無しだの好き放題言いやがる。でも、よく考えてみりゃあ、鎖に繋がれっぱなしのじじいに恋愛経験なんてあんのかよ。あっちこっちから聞き集めた噂話を聞かされるのなんざ、うんざりだぜ。俺さまは、ちょっぴり意地悪に言ってやった。
「俺さまに偉そうに講釈たれるってことは、
じじいもさぞかし立派な恋愛経験を積んでなさるんだろうな。
どうだい?じじいの壮大なラブロマンスを拝聴できねえもんかな?」
じじいは、ぼんやりとしか見えていないはずの視線を俺さまから逸らすと、俯いたまま投げやりにポツリと言った。
「聞いてタメになるような話は、わしにゃないわい・・・」
なぜかじじいは、とても悲しい眼をしていた。
《つづく》
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